〈社説〉 2023・2・11
2023年2月11日
きょう2月11日は第2代会長・戸田城聖先生の生誕123周年。
戦時中、軍部政府の弾圧による2年間の投獄を耐え抜き、妙法流布の大願に一人立った戸田先生。広布の未来を見据え、壊滅状態に
あった学会を再建するために力を注いだことは何だったか。
それは目の前の一人を励ますことだった。学会の原点は、戸田先生の、どこまでも一人を大切にする真剣な個人指導にある。
戦後の混乱期。誰もが苦悩にあえいでいた。先生は、いかなる悩みにも耳を傾け、わが事として同苦した。全身全霊で指導した
後は、肩で息をするほどだったという。
「私は妻も亡くした。娘も亡くした。そして人生の苦労を、とことんなめつくした。だから会長になったのだ」──悩んだから
こそ人の苦しみが分かる。
何としても皆に幸福になってほしいと指導を重ねた戸田先生。やがて、一人また一人と、使命を自覚し、友は立ち上がり、人に
「励まされる存在」から、人を「励ます存在」に変わっていく。この人間革命の連鎖からしか、広宣流布は進まない。
戸田先生の“分身”として戦ってきたのが、直弟子の池田先生であった。1952年2月の「二月闘争」。師の誕生月を未曽有の拡大
で荘厳しようと、24歳の池田青年は誰よりも悩み、誰よりも祈り、誰よりも友を励ました。この“必死の一人”の情熱が、戸田先生
の願業である75万世帯達成への突破口を開いたのだ。
池田先生は昨年、戸田先生の故郷・北海道の友へ、「御義口伝」の一節を贈った。「師子吼の『師』とは師匠が授ける妙法、
『子』とは弟子が受ける妙法であり、『吼』とは師弟が共に唱える音声をいう」(通解、新1043・全748)
師と弟子が共に祈り、戦い、共に勝つ。我らはこの師弟共戦で進む。
戸田先生が生前、海外を訪れることはなかった。しかし今、世界の各地で、戸田先生の名前を冠した公園や通りがある。さら
に、ノーベル賞受賞者をはじめ世界中の識者から、平和と人道に貢献した偉人として尊敬されている。
池田先生は語った。「私は、先生の正義を叫び抜き、宣揚し、『世界の戸田先生』にしました」
師弟は、弟子がどう戦うかで決まる。師匠の偉大さを、師匠の正義を宣揚するのは、弟子の私たちしかいない。弟子の勝利で新
たな師弟共戦の歴史を開きゆこう。