〈Switch――共育のまなざし〉
2021年9月2日
育児に励むパパと笑顔で
語り合う安藤哲也さん
共働き世帯の増加、さらにコロナ禍で在宅勤務が推奨されるように
なったことで「パパの育児への関わり」が一段と求められています。
2020年度の男性の育児休業取得率は12.65%で過去最高を記録。
女性の81.6%と比べるとその差はいまだ大きいものの、“社会の空気”
は着実に変わりつつあるといえるでしょう。パパ自身が、また職場の管理職の方々が意識をスイッチ(転換)する意味とは何か。父親の
育児を支援するNPO法人「ファザーリング・ジャパン」の代表理事・安藤哲也さんに語ってもらいました。
背中より笑顔を見せて
──団体名の「ファザーリング」には「父親であることを楽しもう」という意味があるそうですね。
ええ。設立したのは15年前。「イクメン」という言葉もなかった時代です。当時の僕は、小学3年の長女と保育園年長の長男を育てな
がら企業の管理職として働いていました。「仕事も育児も両立しよう」「よい父親になろうとするよりも、笑っている父親に」──これ
が発信し続けてきたメッセージです。
実は、僕の父が「笑わない父親」だったんですよ。いわゆる典型的な“昭和のオヤジ”。専業主婦の母に「誰のおかげで飯が食えると思っ
ているんだ!」とか、「あそこの嫁と比べてお前は」とか、暴言ばかり。自分も遊んでもらった記憶がほとんどない。大学まで行かせて
もらった恩は感じていますが、率直に言って僕は父親が嫌いでした(苦笑い)。
でも、もし父が僕にとって「よい父親」だったら、ファザーリング・ジャパンを設立していなかったでしょう。「オヤジを反面教師にし
よう」「笑っている父親を増やそう」と思ったことがきっかけでしたから。
「子どもは親の背中を見て育つ」という言葉がありますよね。日本全体が右肩上がりの経済成長をしていた時代は、父親も仕事一筋の“背
中”を見せていれば、よかったかもしれません。けれど今は違う。教育現場も社会も多くの課題を抱え、地域の絆も希薄になる中で、みん
ながイライラしたり不安を口にしたりしている。そんな大人たちの背中を見て、子どもたちが未来に希望を持てるでしょうか。これから
の時代、父親が子どもと向き合って“笑顔”を見せていかなくては、子どもも健やかに育たない──そう一貫して「父親像」の転換を訴え
てきました。
近年、「社会での女性活躍」が叫ばれていますが、むしろ変わらなければならないのは僕ら男性です。女性たちは家事や育児の両立、人
によっては仕事や地域活動の“3立”“4立”と、大変な思いをしながら頑張ってきたじゃないですか。次は男性の番でしょう。「家庭での男
性活躍」こそが社会を変えていくんです。
OSを入れ替えよう
──とはいえ、パパたちの中には目の前に膨大な仕事を抱えて「笑顔で子育てできる余裕なんてない」という人も少なくありません。
長時間労働の職場だったり、上司が子育てに理解のない人だったりしたら、葛藤も多いでしょう。その上で、いや、だからこそ僕は
今、パパたちや管理職の方々に強く呼び掛けているんです。「コロナ禍というピンチを千載一遇のチャンスと捉え、自分も職場もアップ
デート(更新)しませんか」って。具体的には「OS(基本ソフト)を入れ替えよう!」と伝えています。ライフスタイルや考え方をガラ
ッと転換して、「パパスイッチ(切り替え装置)をONに!」ともいえるでしょうか。
女性は妊娠・出産の実感をもって「ママスイッチ」が自然と入ります。しかし男性だとすぐ入らない人が多い。それはパソコンのOSに例
えるとWindows95(1995年版)のままで仕事をするようなものです。もしも今、そのOSで仕事をしようものなら、作業速度は遅いわ、
いちいち画面がフリーズ(動作停止)してしまうわで、イライラするばかりでしょう。ソフトウエアも最新のワードやエクセルは入れら
れません。
パパがOSを入れ替えないと、それと同じようなことが家庭で起きてしまうんです。子育ての新しい知識を得ながら能力を高めているママ
にとって、古いOSのままのパパがどんなふうに見えるか──簡単に想像できますよね。「父親であることを楽しむ」といっても、その第
一歩は「OSを入れ替える」ことです。
これは職場にも通じます。今の若い世代では、男女問わず「父親も子育てするのは当たり前」との意識が高まっているのは、間違いあり
ません。にもかかわらず、「母親は育児」「男性は稼ぎ手」という性別によって役割を分ける古い感覚に上司が縛られたままだと、どう
でしょう? 逆に理解のある上司のもとで、部下のやる気が上がって仕事の生産性も高まったり、メンタルヘルス不調による退職が減っ
たり、優秀な若い人材が集まったりして業績を伸ばした企業の例は、たくさんあります。
コロナ禍によって、家で過ごす時間がいくらかは増えたパパたち。そして、生き残りを懸けて経営戦略の見直しを迫られている企業──
その双方にとって「OSを入れ替える」チャンスが、まさに“今”なんです。
──そう考えるとパパの「家庭での活躍」は、一層の「仕事の活躍」にもつながっていきますね。
その通りです。例えば、保育園に通う子どもを迎えに行くため、仕事の時間をやりくりして定時で終わらせようと努力するのは、時間
管理の能力を磨くことに通じるでしょう。また子どもの体調管理に気を配る経験は、職場の部下一人一人の心身を守る健康管理にも生か
せます。
さらに、子どもはたくさんの失敗を経験しながら成長していくものです。心豊かに伸びている子どもの親に共通するのは、わが子の可能
性が開くのを「信じて待つ」力に長けている点なんですよね。自分のことを信じてくれない人より、信じて根気強く励ましてくれる人の
期待にこそ応えたいと思うのは、人間の自然な感情ではないでしょうか。それは、子どもでも部下でも同じです。
子育てをしている男性は職場でも“懐が深いな”と感じることが多い。自分のことが自分でできる「自立した人間」でもありますよね。
日本では妻に依存して自立できていない夫が少なくありません。子育ては「生活力」「自活力」「人間力」を培うことでもあるんです。
同じ船の乗組員
──8月28日付の本連載で紹介した東京・江東区の創価学会男子部のパパたちも、子育てをすることで仕事も家庭も充実していくこと
を実感していました。また積極的に地域に飛び出し、パパ同士がつながることの重要性を感じたようです。
いいですね! パパにとって悩みや弱音を吐ける場所って大事なんですよ。家庭と職場の行き来だけでなく、地域に友人を多くつくる
ことは定年退職後の人生をも豊かにしてくれるでしょう。「人生100年時代」を生きていくからこそ、パパたちにはぜひ地域との関わり
を広げていっていただきたいですね。
地域であれ職場であれ、どんな組織であれ、ものごとを一人で進めていくことはできません。何かしらの大きな目標を達成するには「チ
ーム」として支え合い、励まし合っていくことが欠かせないですよね。それは夫婦だって同じ。でも、そのことをパパは忘れがちではあ
りませんか。
夫婦とは、子育てという“期間限定のプロジェクト”を共に遂行する同志であり、同じ船の乗組員です。パパ自身もまた、ハンドルを握っ
た“主体者”であるとの自覚を持ってほしい──世のママたちがパパたちに一番求めているのも、その主体者意識ではないでしょうか。
ママたちが「もっと話に耳を傾けてほしい」「一緒に考えてほしい」と口にするのも、全てそこに通じます。
主体者意識を持っていれば、家事も育児も妻に言われる前にやるはずです。やった事を、いちいち自慢もしないでしょう(笑い)。職場
でも当たり前のことをやった上で、それ以上の成果を出して初めて評価されるものじゃないですか。
特にお子さんが幼いうちは週末だけでなく平日も、毎日10分や20分でいいから関わってほしい。男性は出産や授乳はできずとも、絵本の
読み聞かせやお風呂入れ、保育園の送迎など、できることはいくらでもあります。日常の関わりなくして子どもとの信頼関係も育まれま
せん。
パパにとって一番うれしく誇らしい成果──つまり“金メダル”は何かといえば、子どもの笑顔であり、「パパ大好き」という言葉であ
り、家族の絆です。ぜひ手に入れましょうよ。そんなパパが増えた分だけ、社会もより良くなるんですから。
あんどう・てつや 1962年生まれ。出版社、IT企業など9回の転職を経て、2006年に父親支援のNPO法人ファザーリング・ジャパンを設立。「笑っている父親を増 やしたい」と講演や企業向けセミナー、絵本の読み聞かせなどで全国各地を歩いてきた。近年は管理職養成事業の「イクボス」で企業・自治体での研修も多く実施し ている。厚生労働省「イクメンプロジェクト推進チーム」顧問も務める。著書に『「パパは大変」が「面白い!」に変わる本』(扶桑社)など多数。1女2男の父。