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〈グローバルウオッチ〉 共生の未来へ インタビュー 

ノルウェー オスロ大学教授 インガー・ファーセス博士

20181027

 

   多様化時代の宗教の役割

 

 現代社会の課題を見つめる「グローバルウオッチ 共生の未来へ」。異なる信条や宗教が交り合う多様化時代と

の向き合い方について、ノルウェー・オスロ大学教授のインガー・ファーセス博士に聞いた。

 

 北欧のノルウェーは高負担・高福祉を特徴とし、国連などの幸福度調査では

毎回のように、世界の上位に位置する国である。国民の大半は、キリスト教プ

ロテスタントのルーテル派に所属。宗教は長年、人々の重要な生活の一部であ

り続けてきた。

 

 ノルウェーで宗教が果たした役割を語る時、第一に挙げられるのは識字率向

上を通した教育面での貢献です。

1537年、クリスチャン3世がルーテル派を国教化すると、その教義を学校

の子どもたちに教えることに着手しました。これにより、国民の多くが読み書

きを学ぶことになったのです。

また、プロテスタンティズムは勤勉を重んじます。実直に働いた先に恩恵があ

ると説いたことは、人々の道徳心を高める要因にもなりました。

さらに当時、ホームレスや病気の人々に施しを行い、世話をしたのは教会でした。このことが、ノルウェーをはじ

め北欧各国における、今日の福祉国家の最初の在り方を築いたといえるでしょう。

こうした重要な貢献がある一方で、19世紀以降、ノルウェーでは社会の世俗化と人々の宗教離れが進んでいるこ

とが、研究データから明らかになっています。人々の信仰心は薄れ、宗教活動も弱体化しています。

特に近年は、こうした傾向が顕著に見られます。かくいう私も、ある時期から、教会に行くのをやめた一人です。

こういった世俗化の要因として、近代化や科学の発展があるほかに、女性の雇用が促進されたことも関係がありま

す。

子どもたちに信仰を教え、共に教会に行く役割を伝統的に担ってきたのは母親たちでした。しかし今では多くの母

たちが働くようになり、以前のように子どもたちに信仰を伝える機会は少なくなっているのです。

その一方、男女で職種が異なる傾向があるノルウェーでは、女性たちの多くは健康、福祉、教育などの分野で働い

ていますが、彼女たちを訓練する施設の多くは宗教的です。そのため、働く女性たちほど熱心な信仰者であるとい

う側面もあります。

このように現代社会では、人々と宗教の関係性は実に多様です。宗教の役割もまた、時代に応じて変化してきてい

るのです。

 

   信仰は幸福に寄与する大きな要因

   地域社会を軸に貢献の精神を育む

 

 ノルウェーは模範的な福祉国家を築くとともに、過去数十年間にわたり、人道的立場から多数の難民や亡命者を

受け入れてきた。そうした人たちの多くは国のつに定住し、今ではかつての移住者の”2世””3世”が暮らす。

近年は、特に中東地域から欧州への難民が増加。ノルウェーでは移住者が現地語を学ぶことなどを厳格化する方針

を政府が打ち出すなど、移民を巡る状況は変わりつつある。海を渡ってくる人たちは、ノルウェーにどんな変化を

もたらしているのか。

 

 まず宗教の多様性が挙げられます。移住してくる人の大半は、ムスリム(イスラム教徒)をはじめ様々な信仰を

持っています。多様な宗教が流れ込むことで、自らは宗教離れしているノルウェー人は、他の宗教に対してより寛

容になっている特徴があります。

その中で、ノルウェー国民の宗教に対する向き合い方にも、変化が見られます。これに関しては、200年前の歴

史にさかのぼって考えることができます。

ノルウェーでは18世紀末から19世紀にかけて、ルーテル教会の信徒であったハンス・ニールセン・ハウゲが全

土を宣教に歩いた歴史があります。当時、国民が国教であるルーテル教会の教えから逸脱することは犯罪行為であ

っただけでなく、牧師がいない場での説教は許されませんでした。

そうした権威主義に異を唱えたハウゲは、神の教えや信仰の在り方に関する書物を自ら著し、それを各地で配り歩

きました。その数は約20万部ともいわれます。

こうした活動によって生まれたのは、「教会に従う人のみが信仰者である」という固定観念からの解放であり、信

徒の立場から、新たな信仰の在り方がつくられていったと見ることができます。

これを私たちの時代に当てはめて考えることができます。

かつて国民は、自らを「非常に信仰心がある」か「まるで信仰心がない」のどちらかに、容易に分類することがで

きました。前者は熱心に教会に通い、後者にはその習慣がありませんでした。

しかし近年、「Spiritual But Not Religious(精神的だが、宗教的ではない)」というような言葉があるように、

教会にはいかないが、絶対的、神秘的な存在は信じるという立場をとる人が多くいます。こうして宗教に対する概

念が、より多様化しているのが現代です。

また、世俗化によって宗教の影響力が減ると考えられていた現代にあって、原理主義的な思想が興隆し、テレビや

新聞等のメディアには宗教的なものを扱う報道があふれています。これまでとは違う形で、宗教の存在感が増して

いる側面があります。

宗教社会学に影響を与えた学者の中で、この様相を言い当てた一人がドイツの哲学者であるユルゲン・ハーバマス

です。宗教が社会に与える影響力を重視していなかった彼が。『ポスト世俗化時代』の宗教の台頭を論じたことは、

大きな注目を浴びました。

 

 ボーダレス化する現代は、様々な価値観や信条を持つ人と出会う機会も多い。そうした時、自分とは  ”異質な

存在”とどう向き合うか。とりわけ宗教の差異は、時に戸惑いを生むこともある。それが憎悪や反目を助長すると

の見方について、博士はどう考えているのか。

 

 移民の受け入れを巡っては、確かに課題が生まれることもあります。例えば、移民たちは福祉国家の便益をどの

程度受けるべきなのか、どれくらいの予算が彼らに費やされるべきなのか。これらは大きな議論の的です。

また、首都オスロの一部の地域では、マイノリテウィー(少数派)であるはずの移民が、人口マジョリティー(多

数派)を構成しています。分断、差別、貧困を防ぐことも切迫した課題です。

紛争や争いに目を向けると、中には宗教色が強いものもあります。しかし宗教そのものが争いを引き起こす唯一の

原因であると結論するのは、過度な単純化です。

実際に争いが起こるのは、現実の様々な問題――不平等や不正義、政治的抑圧など――が深刻化し、対立が生まれ

た時です。その争いが、時に宗教の対立というふうに解釈されがちなのです。指導者が、宗教の枠組みで物事を捉

えている場合もあります。

なぜか。それは、紛争や暴力の原因を探る時、宗教の違いは、非常に明快で見つけやすい”答え”だからでしょう。

しかしそれによって、本来取り組むべき、貧困や不平等などの具体的問題への対応は影をひそめてしまいます。

 

 本来、宗教とは、そうした苦しみや逆境に立ち向かう力を生み出すためのものだといえる。

 

宗教は、世界の諸問題の解決の力となれるのか。答えはイエスであると信じます。だからこそ実際に、対立する

宗教指導者の双方が同じテーブルで向かい合う、対話の努力が多くみられます。

しかしそうした取り組みは、前述したような、現実の政治的な問題に結び付けられない限り、十分に効果を発揮す

ることはできないのです。宗教者たちが、宗教について論じ合うだけでは大きな影響を与えることはできません。

そうではなく、具体的な課題をテーマとし、その解決のために信仰者の立場から何ができるかを模索していくこと

が大切でしょう。私が、FBO(信仰を基盤とした団体)などの市民社会における活動に期待するのもその点です。

 

 ソーシャルキャピタル(人とのつながりを通じて得られる資源)を巡る研究では、人と人の結びつきが強まるほ

ど、幸福が増進されることが分かっている。生命尊厳の哲理を基調としたSGIの活動の根幹も、一人一人を励ま

し、信頼と友情を紡ぎ合う中で、エンパワーする(内在する力を引き出す)ことにある。

 

信仰によって、人は生きる目的を持ち、日々の生活に意味を見いだすことができます。その意味でも、宗教は幸

福に大きく寄与する要因となります。

一方で、真の幸福とは他者との関係性の中で育まれていくものでもあります。

ノルウェーで国民の幸福度が高いことは、福祉国家であることと密接な間関係があります。病気になった時、仕事

を失った時など、必要な時に、必要なサポートがあるゆえに、人生に対する満足度が高いのです。このことは、サ

ポートし合えるネットワークがあると言い換えることができます。

この役割を、かつて担っていたのは宗教でした。教会が大きな影響力を持っていたのも、そこに行けば食べ物やス

ープなどがもらえたからであり、そうした教会に行く中で、人々はコミュニティーを形成していたのです。

同じように、ノルウェーでイスラム教会が急速に増えたのも、ムスリムのコミュニティーが広がったことに起因し

ます。似た背景の人たちと出会い、共に料理や食事をすることで、母国の文化を保つことができるからです。

今日は、ノルウェーで生まれた移民の2世、3世が増え、彼らの中には祖国の言葉を話せない人もいます。その中

でイスラム教会の多くは、使用言語や運営の在り方を、より”ノルウェー的”に変えつつあります。コミュニティー

の存在が、いかに宗教の在り方を決めていくかを物語っています。

身近な人のもとへ激励に訪れ、人間関係を育むSGIの活動も、重要なコミュニティーづくりであると理解してい

ます。

あらゆる宗教は、他者に対して善行をなし、思いやり深い人になることを、常に自身に問い掛けさせるような道徳

的価値を掲げています。私はその、宗教が本来持つ可能性を深く信じる一人です。

宗教指導者に共通するのも、特定の人やグループに対して偏った見方をするよりも、人の苦しみや痛みを理解し、

慈愛の心を注ぐことがはるかに大切であるとの思いなのです。

現代は、こうした人間としての最重要の価値が守られ、大切にされるどころか、人の心を踏みにじるような醜い言

葉が、メディアやインターネット上で飛び交っています。その現実に、深く心を痛めています。

だからこそ、人々の声が届き、希望の未来を前向きに議論し合えるような社会を築いていかなくてはなりません。

そのためにも、身近な場所でのコミュニティーが、ますます重要な存在にいなるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 


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