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〈地域を歩く〉 徳島歓喜圏

2018年9月20日

 

   感謝を届ける“敬老の9月”

 

 

               クリーニング店を営む

                 谷健夫さん(中央)の家族。

                   信心は3世代に脈々と

 

 

 日本全国どこにでも、その土地の人々を育み、伝統を築き、守り

抜いてきた人たちがいる。

そんな人生の先達に感謝する「敬老の日」を、今年も迎えた(今月17日)。

この日を前に、総務省が発表した人口推計によれば、65歳以上の高齢者が総人口に占める割合は28・1%。

一方、厚生労働省が発表した100歳以上の人口は、6万9785人。48年連続で過去最多を更新した。

「老いを敬う日」――それは、生きることの尊さを確かめ合う日でもあろう。人生の幾山河を越えてきた人の知恵

と経験こそ、地域で継承すべき“宝”にほかならない。

徳島県は、特に高齢化が進む県の一つ。徳島市西部の鮎喰町と名東町、国府町、そして名西郡の石井町と神山町を

広布の舞台とするのが、徳島歓喜圏だ。

谷健夫さん(副圏長)が信心を始めたのは、1966年。当時患っていた病気の全快、クリーニング店としての独

立、母と妹3人の家族全員の入会――三つの祈りが全て100日以内にかなったことで、信心への確信を深めた。

学会活動に励む谷さんを支えたのは、地域の壮年部だった。仏法対話も同志への訪問・激励も、常に一緒に行動し、

背中で模範を示してくれた。

「先輩たちが、手取り足取り教えてくれたことが、私の信心の基礎になりました」

入会10年後、谷さんは好条件の立地に新たなクリーニング店を開業。地域密着の会社として、店舗は三つに拡大

した。

数年前から、経営の中心は長男の正博さん(壮年部員)が担っている。

 

               神山森林公園から、

                 神山町や徳島市の周辺を望む

 

 正博さんと結婚し、家業を支える谷由美さん(支部副婦人部長、

地区婦人部長兼任)は、大阪出身の“学会2世”。

心優しい両親も、信心に対しては厳格だった。親子で勤行するのが日課で、「どんな会合も、参加させてもらいな

さい」と教えられて育った。

女子部の時、母の故郷である徳島に家族で移住。女子部時代も、婦人部になってからも、悩んだ時はそばに寄り添

い、励ましてくれる先輩に恵まれた。故郷を離れた寂しさも、吹き飛んでしまった。

「どこに行っても、学会の温かさは変わりません。そのことを、今度は私が、たくさんの人に伝えていきたい」

人間味あふれる地区の同志の人柄に学び、笑顔の訪問・激励を心掛ける由美さん。3人の子も、広布の庭で育つ。

   ◆◇◆

徳島市国府町に建築設計事務所を構える榎本透さん(副県長)の一家にも、清水のような信心が流れ通う。

1956年に両親が入会。榎本さんも同年、生後間もなくして入会した。

幼い頃の記憶では、当時、国府町に学会員は、ほとんどいなかった。両親は、会う人ごとに仏法を語った。無理解

による偏見もあったが、病を克服した父と、それを支えた母の信心は揺るがなかった。

榎本さんはよく、親の自転車の後ろに乗せられ、座談会に連れて行かれた。両親は多くを語らなくとも、背中で信

心を教えてくれた。

「学会活動に励む両親は、いつも楽しそうでした。だからこそ、幼心に”すごい信心なんだ”と感じたんです」

23歳で、父が創業した設計事務所で働き始め、10年後には代表取締役に就任。学会活動に行く先では、「お父

さんにお世話になったんだよ」と語ってくれる人に多く出会った。仕事も信心も、”2世”として父の志を継ぎ、地

域へ貢献しようと誓った。

榎本さんの家は長年、広布の会場だった。娘の敬子さん(圏女子部主任部長)は、自宅で未来部の会合が行われて

いたのをよく覚えている。遊びに来ていた地域の友達が、そのまま参加することも多かった。

「学会に対する地域の安心と信頼を勝ち取ってきたのが、祖父母や両親の戦いだったのだと思います。草創を開い

た人たちへの感謝を深くします」

敬子さんにとって父は”題目の人”。経机の前の畳は、父が座る場所だけ、へこんでいた。地道でひたむきな信心を、

敬子さんも継ぐ。

大学卒業後、工務店勤務を経て文化財の保存・修復の仕事に従事。昨年実家に戻り、設計事務所を手伝う傍ら、祖

父母の代からの花卉園芸にも汗を流している。

   ◆◇◆

女子部本部長の重長千明さんは、徳島市内で生まれ育った。祖母の代からの信心だ。

中学生の時、病で入退院を繰り返していた父が亡くなった。闘病中、重長さん一家が寂しい思いをしていないか、

地域の同志が気にしては、よく自宅を訪問してくれた。

父がいなくなった後、その励ましは、より暖かく感じ売られた。震える母の肩を抱き、痛みを共にしてくれた人も、

「負けずに頑張ろう」と鼓舞してくれた人もいた。

大きな慈愛に包まれながら、重長さんは信心に励んだ。高校卒業後は、病院での事務職に就いた。

女子部では先月、本部長に就任した。「先輩にお世話になってばかりですが」とほほ笑む重長さん。人の幸せに尽

くす同志の体験に勇気をもらい、その勇気を職場で発揮しようと決意する。

苦難を超えて躍動する彼女の姿に、周囲の人たちも、勇気と希望をもらっている。

     ◇

石井町生まれの明石佳奈子さん(女子部部長)は、本年3月に創価大学を卒業し、Uターンで帰郷。地元の銀行

に勤める社会人1年生だ。

子供の頃、心待ちにしていたのが、未来部の集いだった。迎えに来てくれる女子部のお姉さんとの会話や、会合で

学ぶ「ライオンキング御書」は、楽しい思い出となって心に刻まれている。

創大進学後も、故郷に帰省して会合に顔を出すたびに、”お帰り” ”帰ってきてるんだね”と、地区の人たちが喜ん

でくれた。それを見て、自分も笑顔になれた。

就職で地元に戻ろうと決めたのは”大好きな徳島に尽くしたい”という思いを大切にしたから。

「女子部が一人いるだけで明るくなるね」。昔からよく知る壮年・婦人部の人たちが、明石さんに言う。

「地域や職場を、明るく変えていく。これが先輩たちの信心を受け継ぐ青年部の使命だと実感しています」

   ◆◇◆

大小の山々に囲まれる名西郡神山町は、高齢化率が50%に迫る地域だ。大阪出身の山本恭平さん(男子部ニュー

リーダー)は”Iターン”でこの町に住み、農業に従事して7年目である。

以前は学会活動に消極的だったが、徳島に来てからは環境の変化や仕事の悩みなどから、時折、座談会や本部幹部

会の中継行事に参加するのがやっとだった。

仕事の悩みは、上司との人間関係からくるものだった。一生懸命働いても評価されず、気持ちが空回りし、心身の

バランスを崩した。

そんなる日、地域の個人会場で中継行事に参加した。そこで出会ったのが、南正純さん(副本部長)だった。徳島

市に住む南さんはその日、たまたま、実家のある神山を訪れていたのだ。

山本さんは、仕事でつらい思いをしていることを打ち明けた。南さんは渾身の激励を送った。「山本君の使命は大

きいよ。必ず乗り越えられるから、一緒に頑張ろう」と。

これを機に、山本さんは再び学会活動に励むように。多忙の合間を縫って、男子部の会合にも参加した。

創価班大学校(当時)に入校した山本さんの育成責任者に就いたのが、榎本裕明さん(男子部副部長)。榎本さんもか

つて、壮年部、男子部の激励の中で発心し、大学校で信心の基盤を築いた。

自宅のある石井町から神山町まで、山本さんの励ましに通った。共に信行学の実践に励む中、山本さんの悩みだっ

た職場環境は改善した。

その姿を見て、榎本さん自身も信心への確信を深めた。新しいことに挑戦する積極性が増し、それが営業職にも生

きたと実感している。

     ◇

「青年のためなら、何でも力になりたいんです」。南さんはそう語る。なぜか――。

南さん自身も高校卒業後、就職を機に高知県に住んだ経験があるからだ。故郷の徳島を初めて離れた南さんを、家

族のように迎えてくれたのが地域の学会員だった。「遠いところから、よく来たね」と語り、生活の相談に乗って

くれた。

その人たちの存在があったからこそ、信心を貫くことができたのだと、南さんは今も感謝を深くする。

だからこそ、徳島の地で信心の旗を掲げる若人の一人一人が、昔の自分と重なる。

71歳の南さんが、青年に伝えたいことがある。

それは、信仰に生き抜く青年こそ、無上の幸福であるということ。

そして、こうも語る。

「青年たちを育成するためには、私たち年長者も一緒に成長しなくてはなりません」

向上するエネルギーを持ち続ける限り、皆が若々しい青年だ。そして、先輩のそうした姿があってこそ、地域を愛

する心は、次の世代へ脈々と受け継がれていく。

老若男女が、成長への決意と郷土愛をともどもに深め合う”敬老の9月”である。

 

 

 

 

 

 

 


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