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北海道地震 被災地で奮闘する友

2018914

 

 最大震度7を観測した北海道地震の発生から1週間余りがたった。学会では災害対策本部のもと、発災直後から

被災者の激励や救援物資の配布など、全力で支援に当たっている。被災地で苦難に立ち向かう同志を取材した。

 

 

避難所で絵本の読み聞かせ 

厚真町本郷 帯刀都記子さん

 

          避難所に隣接する広場で

            読み聞かせを行う帯刀さん。

              真剣に耳を傾ける子どもたちの

                瞳が輝いていた

                  (12日、厚真町本郷で)

 

 

 6日未明に発生した北海道胆振地方を震源とする地震は、道内各地

に甚大な被害をもたらした。

震源地に近い地域では、至る所で道路に亀裂が走り、アスファルトがめくり上がっている。建物や電柱なども倒壊。

通行止めの箇所も多く、被災地に入るには迂回して進むしかなかった。液状化現象を起こした札幌市の一部で道路

が陥没し、家屋は傾いている。今も余震が頻発。被災者にとって不安な眠れぬ夜が続いている。

   ◇

厚真町では地形が変わるほど大規模な土砂災害が起きた。同町全域で断水が続く。上下水道が全て復旧するまでに

は約1カ月かかる見通しだという。炊事、洗濯、風呂など生活用水が使えず、多くの住民が避難所での生活を余儀

なくされている。疲労もストレスもたまる。大人も子どもも同じだ。

日中は明るく振る舞っている子どもたちも夜になると「いつになったら家に帰れるの?」と親に尋ねる光景が見ら

れる。

「そんな子どもたちの心の負担を少しでも軽くしてあげたい」

帯刀都記子さんは避難所で、子どもたちが心安らかに眠れるようにと、就寝前に読み聞かせを始めた。

地域の読み聞かせボランティアに所属。週1回、地元の小学校で読み聞かせを行ってきた。「その経験を生かせた

ら」と思った。

結婚後、長年子どもを授からなかった帯刀さん。その時に出あった学会指導が”未来部を、青年部を、わが子と思

って接し育むこと”だった。十数年前、それを機に読み聞かせを始めたのだ。

「双子の息子たちと一緒に、私にできることを全力でやりたい。

 

 

 

被害越えトマトを収穫

むかわ町田浦 澤村ノエさん

 

震度6強を観測したむかわ町は、トマトの生産量が年間約300トンに上る。まさに収穫の最盛期だった。

澤村民雄さん、ノエさん夫妻が1960年(昭和35年)に始め、次男の武彦さん、佐紀子さん夫妻が後を継ぐ農

園も、毎年約30トン生産するが、この地震で大打撃を被った。

地震の揺れで多くのトマトが落下。木の根元ごと倒れたものも多く、ほとんどが売り物にならない。落ちたトマト

を拾い上げたノエさんは「よく育った大きいトマトほど、皮肉にも、その重みで落ちてしまいました。悔しいです」

と語った。

無事だったトマトも、停電や、流通が停滞した影響で、出荷できない状況に。9日、出荷が再開されたが、時期を

逃して赤く色づいてしまい、価格は下落してしまった。

地元JAで働く長女のエツ子さんも、実家の片付けを手伝いつつ、町の農家の支援に奔走する。

道内は、食品の中でも、特に野菜の流通が滞っている。それだけに、農家の復興を多くの消費者が待ち望んでいる。

「皆さんに喜んでもらうためにも、家族で力を合わせて頑張ります」とノエさんは前を向いた。

 

 

 

衣料品店再開は町の光に

むかわ町穂別 風間博美さん・啓子さん

 

被災から2日後、むかわ町穂別の衣料品店「タカオ」を訪れると、風間博美さん、啓子さん夫妻が片付けに追わ

れていた。「少しでも早くシャッターを上げること自体が、皆さんの安心につながるから」と夫妻は言う。

地震の瞬間、タンスや書棚など、大きな家具が一斉に倒れてきた。天井の板も、次々と落ちてきた。博美さんは、

かろうじて下敷きを免れた。店も、ショーケースのガラスが割れて散乱するなど、被害を受けた。

創業43年。人口減少とともに、同業者が廃業していく中、商店街唯一の衣料品店として地道に営業を続けてきた。

”町の服屋さん”には、大型の量販店にはない良さがある。買い物をするだけでなく、なじみの客が集い、ゆっくり

と語り合う憩いの場にもなっている。

今回の震災後も、町の人々が店を訪れ、「大丈夫だったかい?」「困っていることはないかい?」と語り合う光景

があった。被災地の最前線にあって、”庶民の情報広場”ともいえる。10日、人々の期待に応え、営業を再開した。

店舗の2階を広布の会場に提供して29年になる。「少しでも早く、同志を迎え、皆で広布へ前進したい」と夫妻

は決意を語った。

 

 

 

復興を願い地域を走る

安平町早来 高林優一さん

 

安平町早来で農業を営む高林優一さんは6日、支部長として同志の安否確認を終え、カボチャ2000箱が所狭

しと積まれていた倉庫へと向かった。

揺れに耐えきれず、下の方の箱は、ほとんどがつぶれていた。「いよいよ出荷という時でした……」

今も出荷のめどが立たず、大きな損失になる見込みだという。

麦畑には土砂がなだれ込んだが、収穫直後だったため、被害は最小限だった。

自らも被災したが、「同志のことが心配」と、震災直後から部員のもとへ。学会の対策本部から届いた水や懐中電

灯等の支援物資、自らの農園で作った加工品を車に載せ、励ましの日々を送る。また発災当初は停電が続いていた

ため、発電機で自宅のボイラーを動かし、地下水をくみ上げて、地域の友に自宅の風呂場も開放した。

「父から継いだ農家を発展させ、皆に愛される農作物を作る。これが私の誓いです。地域の皆さんと必ず勝ちます」

と高林さん。共に農家を支える妻・清美さん、長男・隼人さんと再起を誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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