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〈地域を歩く〉 富山県 中新川郡

2018年8月23日

   雄大な山々を見上げて

 

 

                      立山の雄姿を映す

                       「みくりが池」

 

 刈り入れを待つ早生の稲を、風が優しくなでていく。雲が吹き

払われた空に、雄大な山々が姿を現す。

雄山(3003メートル)、大汝山(3015メートル)、富士

ノ折立(2999メートル)の三つの峰からなる立山や、切り立

つ岩肌の剱岳(2999メートル)――3000メートル級の立山連峰が、巨大な壁のようにそびえ立っている。

立山連峰は、古くから、山岳信仰の対象だった。麓の町や村は旧習が根強く、草創の学会員は、無理解と偏見の嵐

にさらされてきたという。

富山県の立山本部の友は、山々を望む立山町、上市町、舟橋村(中新川郡)で広布に駆ける。

その同志たちを鼓舞してきた歌がある。池田大作先生が北陸の同志へ贈った「ああ誓願の歌」だ。今月、誕生40

周年を迎えた。

 〽ああ誇りなり コスモスと……

「この歌を歌うと、花を摘みに行った時のことを思い出します」

立山町に暮らす江尻咲美さん(支部副婦人部長)はそう言って、懐かしそうに目を細める。

歌ができる1年前。江尻さんは、婦人部の先輩に頼まれ、コスモスが咲いていそうな場所を案内した。先輩は、摘

み取ったコスモスで花束を作り、池田先生に届けた。“少しでも先生の心が安らげば”と――。

当時、第1次宗門事件の嵐が吹き荒れていた。立山の同志も悪侶に苦しめられてきた。

「いつかこの地に“幸福の花”を咲かせよう」。江尻さんはそう決めて、夫と2人で地元の同志を励まし抜いてきた。

 

               いくつもの峰が折り重なるように

                 そびえる立山連峰

 

 江尻咲美さんの息子・輝之さん(副本部長)は、地域に尽くす両親の背中を見て育った。

高校や大学受験の時には、地区の同志が皆で祈ってくれた。不合格の通知が来た時も、一緒になって悔しがってく

れた。

その温かさは心に深く刻まれている。

だからこそ、「『立山町で、こんなに幸せになりました!』という人を、一人でも多く増やしたい」。地元の壮年

会の会長などを務め、地域の行事運営や清掃にも汗を流す。仕事をしながら、創価大学通信教育部の卒業を果たし

た。

輝之さんの妻・里美さん(県婦人部長)は、咲美さんと交代する形で地区婦人部長などを歴任。義父・信行さん

(故人)の後を継ぎ、聖教新聞の配達員を務める。

その子どもたちも広布の道を真っすぐに歩む。長女・麻那香さんは父の思いを受け、今春から創大へ。次女・香乃

さん(高校1年)と長男・博之さん(中学2年)は今年、教学部任用試験(仏法入門)に合格した。

「わが家で年間1世帯」を合言葉にする江尻さん一家は、毎年弘教を実らせている。

 

 立山では、こうした草創の心を継ぐ青年部も意気軒高だ。

滝川将大さん(男子部本部長)は、橋の修理工事などを行う父の会社で働く。

仕事や家庭のことで悩むことも多い。しかし、男子部の先輩たちが、いつも親身になって話を聞いてくれた。

滝川さんが発心したのは、2011年。創価青年大会の演目に出演したことがきっかけだった。本番を目前にした

ある日、第1子が死産に。「それまでの自分なら”なんで、こんな目に”と嘆くしかなかった」

母の「仏法の眼で見れば、必ず意味を見つけられる」との一言が心に残った。わが子の命を意味あるものにするた

めに、滝川さんは顔を上げようと決めた。

以来、学会活動に積極的に取り組んだ。友人や男子部員たちも、家庭や仕事で悩んでいた。昔は深く話を聞いてあ

げられなかったが、今は自分のことのように、その心の痛みを感じる。

縁した一人一人の顔を思い浮かべては、日々、皆の幸せを真剣に祈るようになった。励まし続けていた友人が今年、

教学部任用試験を受験した。

滝川さんが足しげく通い、励ましてきたメンバーの一人に平等清敬さんがいる。昨年、滝川さんに誘われ、創価青

年大会に出演したことが転機に。現在は部長を務める。

「かつて自分の家に来てくれていた先輩たちも、自分のことをこうやって祈ってくれていたんだなと思うと、今に

なって感謝があふれてきます」

 

 3.47平方キロメータと、「日本一面積の小さい自治体」として知られる舟橋村。車で5分も走れば村を抜け

てしまうほどの大きさだ。ここにも広布の地区がある。

「さっちゃん」と皆から親しみを込めて呼ばれる竹嶋サチ子さん(副白ゆり長)は、村の広布の一粒種。1966

年に入会。以来、家族の猛反対にも怯まず、地道に信心を貫いてきた。

その後、越してきた婦人部員と2人で広布に歩いた。3駅先で行われる座談会に通った。「いつかうちの村でもや

りたいね」と語り合いながら。

村は80年代終わりから宅地化が進み、移住者が増えてきた。

現在、地区部長・婦人部長を務める佐々裕二さん・浩美さん(支部副婦人部長兼任)夫妻が越してきたのも23年

前だ。「何も分からない私たちの元に、さっちゃんたちがすぐに訪ねてくれて、さまざま教えてくれました」

移住者が増えるにつれて学会員の数も増え、2004年に村に地区が誕生した。地域の人々に喜んでもらえたらと、

村の納涼祭りに学会の音楽隊の出身者らを招き、ジャズやオーケストラの演奏会を行ったこともある。長年、交通

安全指導員として地域に寄与してきた竹嶋さんの夫・甚吉さん(故人)が定年後、学会活動に励むようになると、

周囲の学会理解が一段と深まった。

 

 上市町にある上市支部では、今年6月に町の施設を借りて「支部STB総会」を催した。認知症予防や介護をテ

ーマに皆で企画を練り、当日は参加者200人超の大盛況。そのうち90人以上が、地域の友人だった。

総会に花を添えたのは、民謡サークルの歌や踊り。友人たちによる”友情出演”だ。

招待したのは、寺西勝子さん(支部副婦人部長)である。この日は23人の友人を総会に招いた。

寺西さんは、2001年に誕生した相ノ木地区の初代地区婦人部長として奮闘。地域に学会理解の輪を広げたいと、

地区の同志と共に近隣700軒以上に、聖教新聞を手渡しながら対話を続けてきた。「昔は人と話すのが苦手でし

た。でも今は、地域の皆と話すのが楽しくて」と笑う。

同じく上市町に住む忠藤章子さん(支部副婦人部長)も長年、近隣との友好を育んできた一人。保健委員や老人会

の役員にも率先。「1人暮らしの高齢者が増えましたから心配で」と地域の声掛けに歩く。

忠藤さんは20代の頃、腎不全を患い、腎臓移植をした。術後の経過も順調に進み、無理だと言われた子どもにも

恵まれた。一方、夫の忠司さん(副誓願長<副ブロック長>)は長年、信心に反対だった。定年後、肩の手術を受

け、不安な日々を過ごしていた頃、大手術を乗り越えて今も元気に暮らす妻の姿に励まされ、入会を決意した。

どこへ行くにも一緒の2人。その仲むつまじい姿は、和楽の信心を証明している。

 

 ”愛する郷土に、広布の理想郷を”――苦難に負けず、この誓願をつないできた立山本部。連なる山々のように、

人から人へ、世代から世代へ、人材山脈は続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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