• ただいま、Word Press 猛烈習熟訓練中!!
Pocket

誓願 百二十一

 人道的活動のために、宗派や教団の枠を超えて、協力していくことは、人類の幸福を願

う宗教者の社会的使命のうえからも、人間としても、必要不可欠な行動といってよい。

そして、共に力を合わせて、課題に取り組んでいくには、互いの人格に敬意を払い、その

人の信条や文化的背景を尊重していくことである。

本来、各宗教の創始者たちの願いは、人びとの平和と幸福を実現し、苦悩を解決せんとす

るところにあったといえよう。その心に敬意を表していくのである。

よく日蓮大聖人に対して、「四箇の格言」などをもって、排他的、独善的であるとする見

方がある。しかし、大聖人は、他宗の拠り所とする経典そのものを、否定していたわけで

はない。御書を拝しても、諸経を引いて、人間の在り方などを説かれている。

法華経は、「万人成仏」の教えであり、生命の実相を説き明かした、円満具足の「諸経の

王」たる経典である。それに対して、他の経典は、一切衆生の成仏の法ではない。生命の

全体像を説くにはいたらず、部分観にとどまっている。その諸経を絶対化して法華経を否

定し、排斥する本末転倒を明らかにするために、大聖人は、明快な言葉で誤りをえぐり出

していったのだ。

そして、釈尊の本意にかなった教えは何かを明らかにするために、諸宗に、対話、問答を

求めたのである。それは、ひとえに民衆救済のためであった。それに対して、幕府と癒着

していた諸宗の僧らは、話し合いを拒否し、讒言をもって権力者を動かし、大聖人に迫害

を加え、命をも奪おうとしたのである。

それでも大聖人は、「願くは我を損ずる国主等をば最初に之を導かん」(御書五〇九ペー

ジ)と、自身に大弾圧を加えた国主や僧らを、最初に成仏に導いてあげたいと言われてい

る。そこには、慈悲と寛容にあふれた仏法者の生き方が示されている。

人びとを救おうとする、この心こそが、私たちの行動の大前提なのである。

 

 

誓願 百二十二

 自身の信ずる宗教に確信と誇りをもち、その教えを人びとに語ることは、宗教者として

当然の生き方である。しかし、そこには、異なる考え、意見に耳を傾け、学び、より良き

ものをめざしていこうとする謙虚さと向上心がなければなるまい。また、宗教のために、

人間同士が憎悪をつのらせ、争うようなことがあってはならない。

現代における宗教者の最大の使命と責任は、「悲惨な戦争のない世界」を築く誓いを固め、

人類の平和と幸福の実現という共通の根本目的に立ち、人間と人間を結んでいくことであ

る。そして、その目的のために、各宗教は力を合わせるとともに、初代会長・牧口常三郎

が語っているように、「人道的競争」をもって切磋琢磨していくべきであろう。

SGIは、この「SGI憲章」によって、人類の平和実現への使命を明らかにし、人間主

義の世界宗教へと、さらに大きく飛躍していったのである。

翌一九九六年(平成八年)も、山本伸一の平和旅は続いた。三月に香港を訪問し、五月末

から七月上旬には、北・中米を訪れた。

その折、アメリカでは、六月八日にコロラド州のデンバー大学から、名誉教育学博士号を

授与されている。

十三日には、ニューヨークのコロンビア大学ティーチャーズ・カレッジで、「世界市民」

教育をテーマに講演し、訴えた。

――世界市民とは、生命の平等を知る「智慧の人」、差異を尊重できる「勇気の人」、人

びとと同苦できる「慈悲の人」と考えられ、仏法で説かれる「菩薩」が、その一つのモデ

ルを提示している。教育は「自他共に益する」菩薩の営みである。

翌日は、ニューヨークの国連本部を訪れ、明石康国連事務次長をはじめ、各国の国連大使

らとの昼食会に出席して意見交換した。

伸一は、二十四日からキューバ文化省の招聘で、同国を訪問することになっていた。彼は

果敢に行動した。行動こそが時代を開く。

 

 

誓願 百二十三

 キューバは、この一九九六年(平成八年)ごろ、経済的にも、政治的にも、厳しい試練

の渦中にあった。東西冷戦が終わり、ソ連・東欧の社会主義政権が崩壊したことによって、

社会主義国キューバは、ソ連という強力な後ろ盾を失い、孤立を深めていた。さらに、こ

の年の二月、キューバ軍によるアメリカの民間機撃墜事件が起こり、それを契機に、アメ

リカでは同国への経済制裁強化法(ヘルムズ・バートン法)が成立するなど、緊張した状

況が続いていたのである。

“だからこそ、世界の平和を願う一人として、キューバへ行かねばならない。そこに、人間

がいるのだから……。この国とも、教育、文化の次元で、交流の道を開こう!”

キューバ行きを一週間後に控えた十七日、山本伸一は元米国務長官のヘンリー・A・キッ

シンジャー博士と、ニューヨーク市内で再会し、旧交を温めた。博士は、アメリカとキュ

ーバの関係改善について、自らの思いを語った。伸一は訴えた。

「一時の風評や利害ではなく、未来のための断固とした信念と先見で行動し、二十一世紀

に平和の橋を架設すべきであるというのが私の信条です」

二人は、率直に話し合った。

伸一は、キューバへ向かうために、ニューヨークからマイアミへ移動し、フロリダ自然文

化センターを初訪問。世界五十二カ国・地域の代表が集っての第二十一回SGI総会に出

席した。

二十四日午後、彼は、カリブ海の七百の島々からなるバハマを初訪問した。このころ、ア

メリカからキューバへの直行便はなく、第三国を経由しなければ出入国はできなかった。

バハマは、伸一にとって、海外訪問五十二カ国・地域目となった。この国でも、男女二人

のメンバーが彼を待っていた。

四時間余りの滞在であったが、この二人を全力で励まし、記念に一文を認め、贈った。

「ここにも SGI ありにけり

       バハマ創価学会 万才」

 

 

誓願 百二十四

山本伸一たちは、バハマからキューバが差し向けたソ連製の飛行機で首都ハバナのホセ・

マルティ国際空港へ向かった。

二十四日の午後五時半過ぎ、空港に到着すると、文化大臣夫妻をはじめ、多くの政府要人

が出迎えてくれた。

伸一は、心からの謝意を述べ、「民間人であるが、『勇気』と『行動』で、人びとや国と

国の“分断”を“結合”に変えていきたい。二十一世紀のために、全力で平和の道を開きたい」

と、語った。

キューバでの滞在は二泊三日であるが、彼は、多くの人びとと友誼を結ぼうと深く心に誓

っていた。一つ一つの行事に、一人ひとりとの出会いに、全精魂を注ぐ思いで臨んだ。

二十五日の午後四時、国立ハバナ大学を訪問した。ここで、伸一の文化交流への貢献を讃

えて、ハルト文化大臣から国家勲章「フェリックス・バレラ最高勲章」が贈られた。

叙勲式で文化大臣は、「会長は『平和の不屈の行動者』であり、叙勲は『平和を願う民衆

の連帯』の表れである」と述べた。

次いで、ハバナ大学からの「名誉文学博士号」の授与式が行われ、引き続き伸一が、「新

世紀へ 大いなる精神の架橋を」と題して記念講演をすることになっていた。

式典の途中から、晴れていた空が、にわかに曇り、沛然たる豪雨となった。会場の講堂の

窓に稲妻が走り、雷鳴が轟く。酷暑のキューバで、雨は涼をもたらす恵みである。しかし、

あまりにも激しい突然の雷雨であった。

伸一はマイクに向かい、こう話し始めた。

「雷鳴――なんとすばらしき天の音楽でありましょう。『平和の勝利』への人類の大行進

を、天が祝福してくれている『ドラムの響き』です。『大交響楽』です。

また、なんとすばらしき雨でありましょう。苦難に負けてはならない、苦難の嵐の中を堂々

と進めと、天がわれらに教えてくれているようではありませんか!」

大拍手が起こり、皆の顔に笑みが浮かぶ。

深い心の共鳴が場内に広がった。

 

 

誓願 百二十五

講演で、山本伸一は、「二十一世紀に始まる新しい千年には、『人間の尊厳』を基盤と

した“希望”と“調和”の文明を、断固として築いてまいりたい」と、思いを披瀝した。

そして、そのために、三つの「架橋」、すなわち結び合う道を示した。その第一が、人間

と社会と宇宙を結ぶ詩心の薫発による「生の全体性」の回復。第二が、他者の苦悩に同苦

しつつ、「人間」と「人間」を結ぶこと。第三が、教育に力を注ぎ、未来へ希望の橋を架

けることであった。

この夜、伸一は、フィデル・カストロ国家評議会議長と、革命宮殿で約一時間半にわたっ

て会見した。軍服姿で知られる議長だが、スーツにネクタイを締めて、笑顔で迎えてくれ

た。平和と友好の意志を感じた。

話題は、後継者論、人材育成論、政治・人生哲学、世界観など多岐にわたった。だが、一

貫して、「対話」と「文化」の力が二十一世紀の平和にとって、極めて大きな要素となる

ことを確認する語らいとなった。

伸一は、キューバも世界も、未来は「教育」にかかっていると力説した。また、SGIの

運動は、どこまでも平和を基調とし、体制を超えた、「人間」を根本とした国際的運動で

あることを述べ、それは「すべての人間は平等に尊厳である」とする仏教思想の必然の帰

結であり、その具体的な表現であると訴えた。

一方、カストロ議長は、一行を心から歓迎し、相互理解を図るために、キューバと日本の

交流を積極的に行いたいと明言した。

会見のあと、カストロ議長に創価大学から名誉博士号が授与された。謝辞に立った議長は、

「今回のSGIの皆さまのキューバ訪問は、平和に貢献する人間主義を主張するうえで、

重要なことと思っています」と強調。また、日本は、資源も少なく、土地も狭いうえに、

地震や台風などもあるなか、国を発展させてきたと評価し、こう話を結んだ。

「日本の方々は、『人間に不可能はない』との実証を世界に示された!」

伸一と議長との友誼の絆は固く結ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください