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〈グローバルウオッチ〉 共生の未来へ インタビュー 

 

米ハーバード大学公衆衛生大学院 イチロー・カワチ教授

2018年8月10日

 

   「長寿大国」日本を襲う危機

 

 現代社会の課題と向き合う「グローバルウオッチ」。今回は共生の在り方を巡り、

格差の実情に目を向ける。米ハーバード大学教授で、社会疫学者のイチロー・カワチ

教授にインタビューした。

 

 「なぜ、ある社会の人々は健康で、ある社会の人々は病気になりやすいのか」。

社会疫学は、この問いに答えるための学問である。健康を決定するのは生活習慣など

の個人の選択だけでなく、さまざまな社会的要因がある。

この分野の第一人者であるカワチ教授が近年、日本人に向けて著したのが『命の格差

は止められるか』(小学館)である。どんな思いを込めたのか。
   
私はハーバード大学の講義で、日本を長寿大国として紹介しています。日本人の平均寿命は、他のOECD(経済

協力開発機構)諸国と比べても長年トップでした。しかしここ30年間の記録をさかのぼると、実は寿命の延び方

はほぼ頭打ちの状態です。男性だけを見れば、平均寿命はすでにいくつかの国に追い抜かれています。

その原因の一つが、格差です。日本は戦後、“一億総中流社会”となり、皆がそろって寿命を延ばして健康になりま

したが、バブル経済の崩壊後は、所得格差が顕著となりました。所得格差の影響で健康格差も生まれ、それが日本

人全体の平均寿命の延びを鈍らせることになったのです。

今後、寿命が急激に延びる予測はなく、このままだと長寿大国とはいえない時代がきます。そのことに危機感を抱

いています。

これは医療政策だけで解決できる問題ではありません。なぜなら医師が行うのは、病気の人を助けることであり、

病気にならないよう健康でいさせるのは、医師の仕事ではないからです。

私はもともと臨床医でした。しかし毎日、患者を治療する中で、私たちが行っているのは、傷口に絆創膏を貼るよ

うなものだと感じたのです。もちろん、それは絶対に必要なことなのですが、国民の健康増進を図るためには、川

の“上流”に目を向けて、病気を生み出す社会的要因を防がなくてはならないと考えました。

実際に、20世紀に寿命を大きく延ばした国の記録を見ると、“上流”からのアプローチが肝心であったことが分か

ります。それは喫煙に対しての対策、環境衛生の向上、水道水の改善などです。

病気を「治療」するのが医師であるとすれば、健康や長寿を阻む要因を見つけ出し、病気を「予防」するのが、私

たち社会疫学の研究だといえます。

 

   絶望生む格差を人の絆で乗り越える。


   社会に希望をつくるのが宗教の役割

 

 日本の課題の一つとして、カワチ教授は雇用格差を挙げている。

日本では近年、企業による終身雇用離れが進むにつれ、非正規労働者が増加して

います。非正規雇用のため収入が安定しなければ、結婚できない人も増えます。

すると日本社会では家庭を築けず、それが少子高齢化にもつながります。こうし

たさまざまな問題が、雇用格差から始まり、ドミノ倒しのように生じています。

実は「格差」は、これまで日本ではあまり聞かれなかった言葉です。

1970年、80年代のデータを見ても、健康格差はほとんどなかったことが分

かります。しかし今、その格差がどんどん広がっており、懸念すべきは、やがて

欧米の格差が大きい国々と同じような状況に陥ってしまうことです。

欧米では、たばこ、麻薬、アルコールが国民、とりわけ若者の健康を害している

場合があります。でもそれは、あくまで“目に見えるもの”なのです。本当の要因、

つまり彼らをたばこや麻薬、アルコールに依存させてしまう要因は別にあると捉えるのが、社会疫学を含む公衆衛

生学の立場です。

その点、アメリカでよく使われる言葉が「Death of Despair(絶望という死)」です。アメリカ

では毎年、麻薬中毒で亡くなる人の数が、ベトナム戦争全体で亡くなったアメリカ軍人の数より多いとされます。

人々を麻薬から抜け出せなくさせる、その根にある真の死因は、絶望であることを表現しているのです。

どれだけ努力しても、出世できない。まともな家庭を持つことができない。格差によって生じるこうした感情は、

人の心から希望を奪い、絶望感を生みます。

もちろん格差のあるなしにかかわらず、絶対的な貧困も、健康に影響を及ぼす要因です。しかし、自分は周囲から

取り残されたという相対的な貧困が与える精神的なダメージは、想像以上に大きく、それが健康状態に表れます。

この観点から見れば、日本は豊かな経済大国であっても、健康を阻害する要因としての格差が多くの分野で広がっ

ていることが、ここ20年で明らかになってきているといえます。

教授が指摘する雇用や所得の格差を解消することが、健康と長寿を取り戻す上で重要となる。“上流”からの解決策

を考える上で、どんな視点が大切か。

例えば経済学者であれば、早期教育に力を入れることが、長期的には所得格差を縮小させる方法であると言うでし

ょう。ほかにも税制度の改善や、非正規社員に正規社員と同等の権利を与えるような労働制度の改善もあります。

また一方で、地域の力を生かして「ソーシャル・キャピタル(人とのつながりを通じて得られる資源)」を強化す

ることも、大切であると考えます。

格差が問題である理由として、それによって人の摩擦が増え、連帯や絆が弱まっていることがあります。例を挙げ

れば、同じ職場で正規雇用者と非正規雇用者が一緒に働くケースが多くなると、待遇の差によって人間関係に溝が

生じ、その結果、他者との交流が少なくなります。

格差に起因するソーシャル・キャピタルの減少は、地域でも同じです。これに歯止めをかけるために、コミュニ

ティー(地域社会)が介入してソーシャル・キャピタルを強化することが大切です。

人のつながりが、どう健康に資するかについては、物や情報を提供し合うサポートとしての側面もあれば、交流自

体が健康を促進する点も大切だといえます。運動機能や認知機能は、使わなければ衰えてしまうものであり、人と

交わることで、それらを保つことができます。特に高齢者に対しては重要です。

私たちが宮城県岩沼市で行っている、コホート研究(多数の人を長期にわたって追跡調査すること)があります。

同市は東日本大震災の被害に遭いましたが、この研究が特異なのは、震災前に研究を始め、データを収集していた

という点です。震災前のデータを震災後に得た情報とつなげる、前例のない調査となっています。

この調査では、市民の健康にとって最も大きな負担は、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や、うつ病よりも、

認知症だということが分かりました。津波で家を失った人が仮設住宅に移る中で、以前のような地域の人との交流

が減っていました。すると外出する頻度が減って運動機能が低下し、日常の会話や、洋服を着たり化粧する機会が

減ることによって、認知機能も下がるのです。こうして、認知症の発生率が上がっている状況が観察できています。

こうした状況にあって一番大切なのが、サロンのように皆が集まって、交流できるような空間を提供することです。

人間同士のつながりの場をいかにつくれるかが、格差によって絶望感が広がる社会に、希望を生むカギとなろう。

そこに、宗教が果たしうる役割もある。

格差を構造的に縮小するのも大切である一方で、コミュニティーや友人との交流など、個人ができることは積極的

に行うべきです。そうした交流の場を提供するのは行政である場合と、民間団体である場合があります。

これまでの欧米を中心とした研究では、結婚しているかどうか、友人がいるかどうか、ボランティアなどを通じて

社会参画しているかどうか、そして宗教的なグループに所属しているかどうかなどの観点から、人のネットワーク

を測ってきました。

ソーシャル・キャピタルをどう増やせるかについても、こうした枠組みの中で何ができるかを考えることが重要で

す。

欧米では宗教というと、キリスト教の教会を指す場合が多いです。人々が教会に集まり、困っていれば互いにサポ

ートしていることからも、宗教はソーシャル・キャピタルの柱となっています。

宗教は、健康に良いかどうか。これは、社会疫学のテーマの一つでもあります。宗教を持っている人は、そうでな

い人よりも健康であるというエビデンス(科学的根拠)は山ほどあります。

では具体的に、どの側面が重要なのかというのも議論されています。信仰心なのか、宗教活動への参加なのか。

実際には、その両方に効果があると考えられます。

例えば信仰心がある人は、問題が起こっても楽観的に捉え、解決することができます。

一方で、宗教活動については、集まって話す機会があることで健康が促進されます。日本で宗教というと、都合の

いい時に一人で祈るというイメージがありますが、欧米の宗教の特徴は集団行動であり、皆で参加するのが基本で

す。これが健康に良い要素です。

創価学会の皆さんは、普段から小単位の会合を開き、互いに励まし合っていると伺いました。週に1回でも集まれ

ば、社会参画することによる利益を十分に受けることができるといえます。

ここで希望を持つという点について触れるなら、人は誰かの役に立てたと自覚した時、大きく希望を持てるといえ

ます。自分だけでなく他者の健康や希望の増大に貢献することで、人の幸福度は増していくことが、研究からも分

かっているのです。

そうした効果は目に見えないものですが、社会疫学の分野では、しっかりとしたエビデンスがあります。ですから

創価学会の皆さんには、「You are on the Right Track(正しい軌道にいますよ)」

と伝えたい。自信を持って活動に取り組んでもらいたいです。

自分だけでなく他者の健康を向上させながら、日本社会に希望を与える役割を創価学会は果たしています。

全ての人が、あらゆる格差を超えて交流する「共生の社会」を築くために、どんなことが必要か。

個人でできることもあれば、社会政策を通して格差を縮小することも重要ですね。格差が広がり、「have 

and have not(持てる人と持たぬ人)」に二極化してしまうと、共生という概念は通じなくなってし

まいますから。

その上で、日本には「お互いさま」「持ちつ持たれつ」「情けは人のためならず」という言葉があるように、共生

が“当たり前”といった国です。こうした表現は、英語ではなかなか見つかりません。個人主義の強い欧米では、助

け合う、協力し合うといった考えは第一ではないからです。

ですから私は、日本社会でわざわざ「共生」といわれることに、多少、違和感を感じます。

しかし今日は、あえて共生と言わざるを得ないくらいに格差が広がり、孤独感が広がっているのだと思います。

人の絆が弱まってしまいました。だから私が訴えたいのは、日本の本来の精神を、取り戻そうということです。

他人のことなど構わないという人が多い中で、日本人には“空気を読む”というように、周囲に気を配りながら、互

いに協力し合う人間関係を築いてきた伝統があります。健康面であれ、経済面であれ、日本が見事に成功を収めて

きたのは、この気質にも要因があるのだと思います。

そうした気質を再び輝かせて、格差や少子高齢化など現代の課題に取り組むことで、日本は世界のモデルになって

いけると確信しています。

 

 イチロー・カワチ アメリカ・ハーバード大学公衆衛生大学院の社会行動科学学部長・教授。1961年東京生ま

れ。12歳でニュージーランドに移住。オタゴ大学医学部を卒業し、同大学で博士号を取得。内科医として同国で診

療に従事。92年からハーバード大学公衆衛生大学院の教壇に立ち、2008年より現職。13年には、一般向けの

オンラインコース「健康と社会」を開講。世界中から3万2千人が聴講する人気コースとなる。『社会疫学』『命の

格差は止められるか』など執筆多数。米国医学研究所(IOM)、米国科学アカデミー(NAS)のメンバー。

 

 

 

 

 

 

 

 


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