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小説「新・人間革命」執筆開始25周年特集 後世のために師弟の真実を

201886

 

            池田先生が小説『新・人間革命』の

              筆を起こした日の朝の情景を

                描いた油彩画「起稿の朝」

                      (内田健一郎作)

 

 池田先生は「できることなら、全同志の皆さま、お一人お一人に

あてて、感謝と励ましの手紙を差し上げたい。しかし、身は一つで

ある。そこで、毎日、手紙をつづる思いで、小説『新・人間革命』

の執筆に取り組んでいる」と記した。きょう6日、執筆開始25周

年の佳節を迎えた同書は今、13言語、23ケ国・地域で出版され、世界でも読まれている。

ここでは、随筆などを通して、執筆に臨む先生の思いや言論闘争の精神を学ぶ。

 

 

 池田先生が小説『新・人間革命』の執筆を開始したのは、恩師・戸田先生との思い出深き長野の地であった。

「随筆 新・人間革命」<起稿の天地・長野>には、こうつづられている。

 

私が先生の伝記小説の執筆を決意したのは、1957年(昭和32年)、師の生前、最後の夏――先生が静養され

ていた軽井沢に呼んでいただいた時のことである。

その日、8月14日。

先生と、初めてお会いしてから、10周年の記念日であった。

静養といっても、先生の頭脳は休む暇もない。

学会の将来、広宣流布の未来を考えねばならない。私対する種々の指導も続いた。また、軽井沢地区の幹部と懇談

し、激励されてもいる。

この時、翌月の9月8日に、青年部への遺訓の第一として発表された「原水爆禁止宣言」についても、深い思索を

重ねておられた。

「未曾暫廃(みぞうざんぱい)」(未だ曾て暫くも廃せず)の文の如く、その戦いは、止むことがなかった。

”この師の真実を、だれが永遠に残すのか。それは身に影の添うように、先生に仕えることのできた、栄誉ある私の

使命ではないか”

それまでも、幾度か胸に去来した小説『人間革命』の執筆の思いは、ここで定まった。

 

 

1993年(平成5年)8月6日、小説『新・人間革命』の執筆は始まり、同年11月18日に新聞連載が開始

された。連載に当たって、池田先生は「はじめに」で次のように述べている。

 

私が、『人間革命』の続編として、『新・人間革命』の執筆を思い立ったのは、先生亡き後の広宣流布の世界への

広がりこそが、恩師の本当の偉大さの証明になると考えたからである。

また、恩師の精神を未来永遠に伝えゆくには、後継の「弟子の道」を書き残さなければならないとの思いからであ

った。

しかし、それには、どうしても自分のことを書かなければならないことになる。そこに大きなためらいもあった。

それに、「世界平和」即「恒久平和」の実現のために、なさねばならない課題も山積している。

そのなかで、執筆の時間をつくることができるのかという懸念もあった。できることなら、続編の執筆は誰かにお

願いしたいというのが、私の偽らざる心境であった。

だが、私の足跡を記せる人はいても、私の心までは描けない。私でなければわからない真実の学会の歴史がある。

また、聖教新聞社からも、続編の連載への強い要請が寄せられていた。

種々、思い悩んだが、私は、再び、自らペンを執ることを心に決めた。

 

『新・人間革命』は、完結までに30巻を予定している。その執筆は、限りある命の時間との、壮絶な闘争となる

にちがいない。

しかし、自身のこの世の使命を果たし抜いてこそ、まことの人生である。かのゲーテも、ユゴーも、また、トルス

トイも、八十余歳にして、なお、生き生きとして働き、信念のペンを執り続けた。

私は65歳であり、まだまだ若い。

私も、『新・人間革命』の執筆をわが生涯の仕事と定め、後世のために、金剛なる師弟の道の「真実」を、そして、

日蓮大聖人の仰せのままに「世界広宣流布」の理想に突き進む尊き仏子が織りなす栄光の大絵巻を、力の限り書き

つづってゆく決意である。

正も邪も、善も悪も、勝者も敗者も、厳しく映し出しながら――。

戸田先生も、その生き方を、じっと見ているように思えてならない。

 

 

 起稿から10年が経過した2003年(平成15年)8月、『新・人間革命』は第14巻「大河」の章に入って

いた。

池田先生は『新・人間革命』のほかにも、「地球紀行」「人生は素晴らしい」など、本紙の連載を幾つも抱えてい

た。

さらに、ゴルバチョフ元ソ連大統領をはじめ、世界の識者との対談も進めていた。「随筆 新・人間革命」<起稿

十周年>で、先生はつづった。

 

今、書かずして、いつ書くのか!

これが私の心情である。

私の胸には、言論の闘争の決意がたぎっている。

広宣流布の大道は、今つくるしかないからだ。

その深く広い広宣の軌道を永遠ならしめるために、今こそ厳然と書き残しておくことが、後世の法戦の先手となる

ことを知っているからだ。

 

末法とは「闘諍言訟」の時代といわれる。要するに、「言論戦の時代」である。

日蓮大聖人は、正法を行じ抜いた勇者と、迫害した人間の勝敗を綴り残されながら、こう仰せである。

「か(斯)うただ・か(書)きを(置)きなばこそ未来の人は智ありけりとは・しり候はんずれ」(御書1221

ページ)

「真実」を明確に書き残すことが、未来の人びとの明鏡となる。真実は、語らなければ残らない。沈黙は闇を増す

だけだ。

 

 

起稿20周年を迎えた2013年(平成25年)8月には、連載は5162回を数え、26巻分を終えていた。

先生は「随筆 我らの勝利の大道」<起稿二十周年の夏>で、執筆開始の日を振り返った。

 

1993年(平成5年)の8月6日――。

『新・人間革命』の最初の原稿を書き始めた、この日、私は、インドのガンジー記念館館長であられたラダクリシ

ュナン博士と、長野県州道場で、再会を果たした。

会見に先立ち、博士は、”「魂の力」は原子爆弾よりも強い”というガンジーの信念を通し、私どもに深い共感と賞

讃を送ってくださっていた。

――創価の平和運動は、「誰もがもつ『魂の力』を引き出し、平和を生み出していく」と。

8月6日、さらに8月9日は、広島と長崎に原子爆弾が投下された日である。

恩師・戸田城聖先生は、逝去の7ケ月前に発表された「原水爆禁止宣言」で、核兵器の本質を、人類の生存の権利

を奪い去る「サタン(悪魔)」であり、絶対悪なりと断じ、地上からの廃絶を青年に託された。

私は、この師の遺訓を実現しゆく誓いも新たに、『新・人間革命』の冒頭の一節を綴ったのである。

 

 

 いよいよ小説『新・人間革命』は完結を迎える。師が命を削る思いで書き残してきた”師弟不二の大叙事詩”は、

未来へと永遠に、大いなる精神の光彩を放ち続けるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 


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