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〈グローバルウオッチ〉 共生の未来へ 

 

インタビュー デンマーク ロスキレ大学 ベント・グレーブ教授

2018年7月14日

 

   “弱者”を生まない国づくり

 

 現代社会の課題を見つめる「グローバルウオッチ 共生の未来へ」。幸福度が高いとされる北欧のデンマークで

は、どんな価値観が国をつくり、人々を支えているのか。ロスキレ大学のベント・グレーブ教授に聞いた。

 

完全雇用や社会保障などを主な政策として、国民の福祉の増進と生活の保障を目的と

する国家体制を「福祉国家」という。全ての先進国はこういった特色を持つとされる

が、中でも国が積極的に政策に関与し、国民の福祉に対して大きな責任を担っている

のが北欧の国々である。

医療費、教育費は多くの場合は無料で、高齢者への手当ても充実。「北欧型」と呼ば

れる高福祉を実現し、少子高齢化、女性の社会進出などにもいち早く向き合ってきた。

こうした社会の在り方が現代にもたらす価値を、グレーブ教授はどう見ているのか。

デンマークを例に挙げれば、福祉国家の成立は10年、15年という短期間ではなく、

百数十年に及ぶプロセスでした。その始まりは、田舎から都市へと移住してきた人々

の生活を、保障するためだったとの見方があります。

彼らが病気にかかったり、仕事を失ったり、あるいは高齢になった時、故郷にいた時

のように食料や住む場所を提してくれる人は周囲にいない。そうした人たちのため

に、病気・失職・労働災害・高齢化という事態に備えた手当てを、ヨーロッパの他の福祉国家に先駆けてスタート

したのがデンマークでした。

新たな環境へと移った人々が、社会の“弱者”になるのを防ぎ、当たり前の生活を得る機会を与えたのが、福祉の原

点であったということができます。

高福祉には、国民による高負担が伴います。ゆえに、福祉にどれほどの費用を割くべきかは議論の的ですが、その

根底には、どんな人でもアクセス可能な、普遍主義型の福祉の在り方を模索する精神があります。

北欧型の福祉が他の多くの国と異なるのは、(生活保護や年金給付などを通じた)所得の再分配だけを行うのでは

なく、子どもや高齢者などへの社会サービスを提供している点です。それは託児所やデイケア施設の充実、訪問介

護などを通じて、子どもや高齢者を支え合うサービスなどです。

また、幼児教育から義務教育、そして年齢の上限のない成人教育へと教育分野の福祉を整えてきたことも、北欧の

特徴です。

そういった意味では、福祉国家の在り方には、教育の充実が大きく関わると考えています。

 

教育の充実と人間交流で築く信頼関係こそ福祉社会の基盤

     

     デンマークSGIでは

            さまざまな出身国のメンバーが集い、

              共に苦楽を分かち合う

 

 19世紀半ば、2度にわたるプロイセンとの戦争に敗れたこと

で、国土を奪われ、人口が減ったデンマークでは、“外で失ったも

のを内で取り戻そう”との合言葉のもと、国民高等学校(注1)が

創立された。福祉大国としての歩みは、教育で人的資源を育んできた歴史と重なる。

その国民高等学校の誕生以前、今から200年以上前に、デンマークで世界初の義務教育に関する法律が成立した

(注2)ことは、特筆すべき歴史です。福祉に関する議論が高まるよりも早く、教育が国をつくる力であるとの先

見の明に富んだ人たちがいたのです。

デンマークが教育を重要視したことは、福祉の広がりを可能にした要因でもあります。例えば、福祉国家としての

「黄金期」と位置付けられる1960年代から70年代前半は、児童教育の拡大によって女性の就労が促進されま

した。健康分野の福祉拡充とともに、経済的平等と男女間の平等が大きく実現した時代でもあります。

教育は、女性の就労や社会での活躍を後押しするだけではありません。子どもたち自身も5、6歳までに質の高い

保育を受ければ、将来的にも高いレベルの進学や就職を実現できると、研究結果が示しているからです。

つまり長期的には、教育政策は今日の社会に資すると同時に、未来のためにも重要な“投資”であることが分かりま

す。福祉国家のデンマークが教育に力を注いできた理由も、この点にあります。

デンマークをはじめとする北欧の人々は、国連などが行う幸福度調査で毎年、世界の上位に位置している。幸福研

究の分野でも著名なグレーブ教授は、福祉と幸福の関連性をどう見ているのか。

おっしゃるように、デンマークは世界で最も幸福度が高い国の一つに数えられています。幸福調査はこれまでも行

われてきましたが、経済的な豊かさである国民総生産(GNP)に代わる指標として、精神的な豊かさなど、経済

以外の要素を入れた国民総幸福(GNH)を提唱しているのが、アジアのブータン王国です。

幸福を内面的に測ろうとする傾向は近年、強まっているといえます。経済学を専攻した私の実感からも、お金が幸

福の全てではないのは明らかです。

福祉国家は国民を直接、幸福にするというよりも、幸福な人生を得るためのフレームワーク(枠組み)を提供する

存在といえます。

人は誰もが、満足のいく生き方をしたいと願っている一方で、それを阻もうとする要因は多くあります。病気や障

がいなどの予期せぬ状況に遭っても、人生の目標を目指すことを可能にする――福祉とはそのためにあるのです。

例えば失業は、人の幸福度を下げる要因になります。さらに言えば、仕事を失うリスクのある環境で生きるだけで、

幸福度が低くなることが分かっています。

こうした状況を改善すべく、再就職を可能にするための手当てを充実させるのが福祉政策です。

そこで重要なのは、個人を守るだけでなく、社会全体の底上げを目指すということです。それが結局は、個人の生

活の質の向上につながるからです。

デンマークが力を入れる分野の一つが、高齢者をはじめとする人々が出会う「場」の提供です。

たとえ素晴らしい社会で暮らしていても、人は孤独に陥る危険性からは逃れられません。年齢を重ねれば、いつか

愛する人とも別れる時が訪れます。子どもが自分よりも先に亡くなるという、悲しみを経験する人もいます。

そうした人が孤独に陥らないよう、人と人が出会う「場」をつくることが重要です。それは高齢者のためのスポー

ツクラブであったり、ただ訪れて談笑できるような空間であったりします。

そうした人のつながりが幸福にもたらす影響は近年、ソーシャル・キャピタルを巡る研究(注3)などでも明らか

になっている。

福祉国家はさまざまなサポートを提供しますが、それらを存分に生かし切るには、人は一人でいるだけでは難しい

といえます。他者とつながることで情報を得ることができ、それによって自分の周囲には、人生を開くチャンスが

多くあることに気付くのです。

だからこそ、ソーシャル・キャピタルが豊かであればあるほど、人が他者と触れ合い、心を開く機会がより広範囲

に与えられることになります。

そしてデンマークの人々が経済的、社会的に保障された暮らしを送れる別の要因として、「信頼」があります。

デンマークは、政治の腐敗の少ない国です。ゆえに私たちは行政を信頼しています。信頼するからこそ、国民は高

い税金を払うことをいとわず、それが高い福祉レベルの維持を可能にします。

また国民は、自分たちよりも一つ、二つ前に当たる世代の年金を負担すべく高い税金を払います。そこには、世代

を超えた信頼関係が結ばれているといえます。

そうした信頼関係は、地域やコミュニティーといった身近な空間でも、構築することが可能です。実際にデンマー

は、近隣住民同士の間に強い信頼がある国です。旅行で自宅を空ける際は、誰かに所持品を預けたり、管理して

もらうこともしばしばです。

そんな小さな交流が、積み重なれば深い信頼となります。そしてこの信頼こそ、わが国が高い幸福度を誇る事実と

も、密接な関連があると私は思うのです。

高福祉社会の特徴の一つは、人生の“再挑戦”を可能にすることであろう。一時の不遇や失敗があっても、再び夢を

目指すことをサポートするシステムが整う。

そんな社会のセーフティーネットとともに、流動化・多様化が進む今日にあって、文化や価値観が異なる人々が共

生し、互いを支え合う“心のセーフティーネット”を育む鍵は、どこにあるのか。

何の憂いもなく安心して生活を送るためには、ある程度の安定した購買能力を保つことも、もちろん必要です。

その意味で、経済や雇用における福祉は大切です。

一方で、そうした保障は生活を支える一部にすぎず、内面的な安心を感じることが不可欠です。それは多くの場合、

家族や友人、近隣住民とのつながりの中で築かれるものだといえます。

先ほどの例でいえば、家を留守にする時、近隣の人々が世話をしてくれる。そうした行為が何気なく、日常的に行

われる場所に身を置くことが、どれほど安心感を生むでしょう。

この点に関して、宗教が人の幸福に果たしうる役割についても、一言申し上げたいと思います。

宗教が人々の幸福に寄与する重要な要因であることは、研究結果が示している通りです。その理由の一つとして、

私は、信じる何かを持つこと自体が幸福度を高めていると考えます。

理由の二つ目として、信仰活動が人々をつなぐ「場」を提供していることが挙げられます。

例えば教会に行くことで、さまざまな人と出会い、人生にプラスの価値をもたらすネットワークを築くことができ

ます。たとえ人々の信仰心が薄れたとしても、こうした出会いやネットワークが持つ意義は変わらないでしょう。

デンマークは、“4人が集まれば、一つのアソシエーション(組織)ができる”といわれるほど、つながりを大切に

する国です。もちろん誇張された表現ですが、どんなささいな物事も議論のテーマに変え、顔を合わせて語ること

を好む国民性をよく表しています。

若者の“教会離れ”が叫ばれるなど、近年、信仰の在り方は大きく変化しているといえます。しかし宗教は依然とし

て、安心できる居場所としてのコミュニティーを提供し、家族のような絆を育む存在であり続けています。

多様化が進むこれからの時代にあっては、そんな居場所を育み、分かち合おうと努力する人々が、ますます重要に

なるでしょう。

 

 注1 「近代デンマーク精神の父」といわれるグルントヴィが、高等教育の改革のために構想した「民衆のため

     の学校」。フォルケホイスコーレ。

 注2 1814年に制定された国民学校法。世界で最も早く、7歳以上の子どもの教育を義務づけた。

 注3 アメリカの政治学者ロバート・パットナムらの貢献によって、社会や地域での信頼関係や結び付きを表す

    ソーシャル・キャピタルが、経済や教育、健康や幸福感といった面にもたらす影響が研究されている。

 

Bent Greve 1953年、デンマーク生まれ。コペンハーゲン大学大学院で修士号(経済学)、ロスキ

レ大学大学院で博士号(行政学)を取得。1986年からロスキレ大学で教壇に立ち、社会科学部長などを歴任し

た。デンマークにおける福祉国家研究の第一人者。福祉国家や幸福観に関する著書・論文多数。

 

 

 

 

 

 

 

 


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