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誓願 九十一

 ガビリア大統領は、山本伸一の訪問を心から歓迎し、コロンビアの「サン・カルロス大

十字勲章」を贈った。

さらに、この日、伸一は、「日本美術の名宝展」の開幕式に出席し、ここでも文化庁長官

から、「文化栄光勲章」を受けている。

九日、彼は、空路、ブラジルのリオデジャネイロへ向かった。

リオデジャネイロの国際空港では、伸一が到着する二時間前から、一人の老齢の紳士が待

ち続けていた。

豊かな白髪で、顔には、果敢な闘争を経てきた幾筋もの皺が刻まれていた。高齢のためか、

歩く姿は、幾分、おぼつかなかったが、齢九十四とは思えぬ毅然たる姿は、獅子を思わせ

た。今回の伸一の招聘元の一つである、南米最高峰の知性の殿堂ブラジル文学アカデミー

のアウストレジェジロ・デ・アタイデ総裁である。

彼は、当時の首都リオデジャネイロの法科大学を卒業後、新聞記者となり、一九三〇年代、

自国の独裁政権と戦った。投獄、三年間の国外追放も経験した。戦後は第三回国連総会に

ブラジル代表として参加し、エレノア・ルーズベルト米大統領夫人や、ノーベル平和賞を

受賞したフランスのルネ・カサン博士らと、「世界人権宣言」の作成に重要な役割を果た

してきた。その後もコラムニストとして差別との戦いに挑み、文学アカデミーの総裁に就

任後も、言論戦を展開し続けていた。

総裁は、ヨーロッパ在住の友人から、伸一のことを聞かされ、著作も読み、また、ブラジ

ルSGIメンバーと交流するなかで、その思想と実践に強い関心と共感をいだき、伸一と

会うことを熱望してきたという。

空港で、今か今かと伸一の到着を待つ総裁の体調を心配し、「まだ休まれていてください」

と気遣うSGI関係者に、総裁は言った。

「私は、九十四年間も会長を待っていた。待ち続けていたんです。それを思えば、一時間

や二時間は、なんでもありません」

 

 

誓願 九十二

 山本伸一がリオデジャネイロの空港に到着したのは二月九日の午後九時であった。一行

を、ブラジル文学アカデミーのアタイデ総裁らが、包み込むような笑みで迎えてくれた。

総裁は、一八九八年(明治三十一年)生まれで、一九〇〇年(同三十三年)生まれの恩師・

戸田城聖と、ほぼ同じ年代である。伸一は、総裁と戸田の姿が二重映しになり、戸田が、

自分を迎えてくれているような思いがした。

総裁と伸一は、互いに腕に手をかけ、抱き合うようにしてあいさつを交わした。

「会長は、この世紀を決定づけた人です。力を合わせ、人類の歴史を変えましょう!」

総裁の過分な讃辞に恐縮した。その言葉には、全人類の人権を守り抜かねばならないと

いう、切実な願いと未来への期待が込められていたにちがいない。伸一は応えた。

「総裁は同志です! 友人です! 総裁こそ、世界の“宝”の方です」

世界には、差別の壁が張り巡らされ、人権は、権力に、金力に、暴力に踏みにじられて

きた。「世界人権宣言」の精神を現実のものとしていくには、人類は、まだまだ遠い、

過酷な道のりを踏破していかなくてはならない――総裁は、そのバトンを引き継ぐ人た

ちを、真剣に探し求めていたのであろう。

翌十日、伸一は、リオデジャネイロ市内で行われた、リオの代表者会議に出席した。

彼は、明十一日が戸田城聖の生誕九十三年の記念日であることから、恩師の指導を引き

ながら、仏法と社会生活について言及した。

「戸田先生は、次のように話されていた。『御本尊を受持しているから、商売の方法な

どは、考えなくても、努力しなくとも、必ずご利益があるんだという、安易な考え方を

する者がいるが、これ大いなる誤りであって、大きな謗法と断ずべきである』(注)」

戸田は、日蓮仏法は、いわゆる“おすがり信仰”などではなく、御本尊への唱題をもって、

わが生命に内在する智慧を、力を引き出し、努力、活用して、価値を創造する教えであ

ると訴えたのである。

 

    小説『新・人間革命』の引用文献

     注 「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」

      (『戸田城聖全集1』所収)聖教新聞社

 

 

誓願 九十三

山本伸一は、皆の幸せを願いつつ訴えた。

「戸田先生は、『法華を識る者は世法を得可きか』(御書二五四ページ)との御文について、

努力もせずに、『ご利益があるんだというような読み方は、断じて間違いである』と断言さ

れ、こう続けられている。

『自分の商売の欠点とか、改善とかに気のつかぬ者は、大いに反省すべきであろう。されば、

自分の商売に対して、絶えざる研究と、努力とが必要である。吾人の願いとしては、会員諸

君は、一日も早く、自分の事業のなかに、“世法を識る”ことができて、安定した生活をして

いただきたいということである』(注)

戸田先生の願いは、そのまま私の願いでもあります。今、世界的に不況の風は厳しい。しか

し、私たちは、それを嘆くだけであってはならない。『信心』によって、偉大な智慧と生命

力を発揮して、見事に苦境を乗り切ってこそ、『世法を識る者』といえます。

“信心をしていればなんとかなる”という安易な考え方は誤りです。信心しているからこそ、

当面する課題をどう解決していこうかと、真剣に祈り、努力する――その『真剣』『挑戦』

の一念から最高の智慧が生まれる。一切の勝利のカギは、この『信心即智慧』の偉大な力を

発揮できるかどうかにある」

戸田城聖の生誕記念日である二月十一日――伸一が、戸田の広宣流布への歩みを綴った小説

『人間革命』全十二巻の、「聖教新聞」紙上での連載が完結した。

一九六四年(昭和三十九年)十二月二日に沖縄の地で起稿し、翌六五年(同四十年)の元日

付から「聖教新聞」に連載を開始。途中、海外訪問が続いたり、体調を崩したりしたことな

どから、長い休載期間もあったが、前年の九二年(平成四年)十一月二十四日に脱稿し、こ

の二月十一日付で、千五百九回にわたる連載を終えたのである。文末に伸一は、「わが恩師 

戸田城聖先生に捧ぐ」と記した。

この書は、弟子・山本伸一の、広布誓願であり、師への報恩の書でもあった。

 

   小説『新・人間革命』の引用文献

    注 「天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか」

      (『戸田城聖全集1』所収)聖教新聞社

 

 

誓願 九十四

十一日、山本伸一は、リオデジャネイロ連邦大学での名誉博士号の授与式に出席した。

謝辞のなかで彼は、この日が恩師・戸田城聖の生誕記念日であることに触れ、師の哲学に

ついて語った。

「私は恩師から、“誰人であれ、平等に、内なる生命の最極の宝を開いていくことができる

という哲学”を学びました。また、“誠実なる対話を積み重ね、民衆の連帯を広げゆく平和

の王道”を託されました。そして“『民衆のため』『人間のため』という慈悲の一念に徹し

ゆく時、智慧は限りなく湧いてくるという人間学”を受け継いだのであります。

恩師は、戦後間もなく『地球民族主義』という理想を青年に提唱いたしました。当時は、

全く評価されませんでしたが、民族紛争の激化に苦しむ現代世界は、この『共生の道』を

志向し始めております」

彼は、わが師の偉大さを世界に宣揚したかった。また、自分を育んでくれた恩師に、この

名誉博士号を捧げたかったのである。

翌十二日、伸一は、リオデジャネイロのブラジル文学アカデミーを訪れ、アタイデ総裁と

会談した。ここでは、以前から話が出ていた総裁との対談集『二十一世紀の人権を語る』

の発刊について合意がなされた。

対談の進め方としては、まず伸一の方で、いくつかの質問事項を用意して、渡すことにな

った。

総裁は語った。

「嬉しいことです。人権の問題について、ここまで理解してくださっている会長と対話で

きるとは。確かに『世界人権宣言』は、発表されました。しかし、その精神を、最も明確

に、現実の行動の上に翻訳し、流布してくださっているのは会長です。作成した人びと以

上の功績です。人間は『行動』です。とともに『思想』が大事です。二人で対談集を完成

させましょう」

伸一は、総裁の、この大きな期待に応えねばならぬと、決意を新たにしたのである。

 

 

誓願 九十五

アタイデ総裁は、静かだが、深い思いのこもった口調で、山本伸一に切々と訴えた。

「私は、もうすぐ百歳を迎えます。これまで生きてきて、これほど『会いたい』と思った

人は初めてです。

会長は、偉大な使命のある方です。人間学と人間性の人であり、精神の指導者です。

会長の人生には、すべて意味がある。世界の命運は、会長の行動とともに次第に大きく開

かれてきました。人類の歴史を転換している方です。

自らの行動で構想を現実化し、具体化してこられたことに、私は敬服します」

伸一は、総裁の自分への期待には、「世界人権宣言」の精神を、なんとしても現実のもの

にしなければならないという、強い心が込められていることを感じた。

総裁は、伸一を、見つめながら語った。

「『新しい世紀』が、まもなく、やってきます。それは、ブラジルと日本、そして世界に

とっての『新しい時代』が、やってくることを意味するのではないでしょうか」

「そうです。『新しい時代』をつくるために総裁は戦ってこられた。私も同じです。目的

は、人類が幸福に生きられる『新しい時代』を開くことです」

伸一が、答えると、総裁は、微笑みを浮かべ、そして、力強い声で言った。

「『言葉』を意味するラテン語の『ウェルブム(verbum)』とは、また、『神』を

意味します。私たちは、この崇高なる『言葉』を最大の武器として戦いましょう」

二つの魂は、強く、激しく響き合った。

伸一は、アタイデ総裁との会談に引き続いて、ブラジル文学アカデミー在外会員(外国居

住者)の就任式に出席した。

同アカデミーは、ブラジルが王制から共和制に移行したあとの一八九七年に、祖国ブラジ

ルを「知の光」で導いていこうとの熱願のもとに創立された。四十人の国内会員と二十人

の在外会員から構成されており、いずれも終身会員である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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