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〈世界写真紀行〉第34回 

 

アルゼンチン ブエノスアイレスのサン・マルティン像

201872

   「行動の人」に栄光は輝く

 

        アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに立つ

          南米解放の英雄サン・マルティンの騎馬像

 

さあ、勇敢に進もうじゃないか!――馬上の英雄は、はるか遠くを

指さし、兵士たちを鼓舞しているかのようだ。

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにあるサン・マルティン広場。

中央に立つ騎馬像は”南米で知らない人はいない”といわれるサン・

マルティン将軍である。

19世紀の初め、アルゼンチンは自治政府を樹立したものの、広大な地域を支配するスペイン軍に絶えず脅かされ

ていた。

サン・マルティンは祖国アルゼンチンの独立運動に身を投じるため、34歳の時、帰国。スペイン軍を隣国のチリ、

ペルー、ボリビアから追放しない限り、祖国の独立は果たせないと考え、難局を打開するために「アンデス越え」

の作戦を着想。これを成し遂げ、アルゼンチンをはじめ、チリ、ペルーの独立を確かなものにしていった。

彼は、「南米解放の英雄」として、ベネズエラのシモン・ボリバルと並び称され、その像は、チリの首都サンティ

アゴやペルーの首都リマなど各地に設置されている。

池田先生のアルゼンチン初訪問は、25年前の1993年2月14日。北南米6ケ国をめぐる平和旅の途上だった。

石造りの美しい街並みから「南米のパリ」と呼ばれるブエノスアイレス。ラプラタ川の加工に位置する湾岸都市は

世界的な貿易港として栄え、同国の政治・経済・文化の中心となってきた。

先生はアルゼンチンに7日間滞在し、ブエノスアイレスでの世界青年平和文化祭、アルゼンチンSGI総会など諸

行事に出席するとともに、大統領をはじめ、多くの要人と会見した。

帰国後、先生はアルゼンチンに思いをはせつつ、本部幹部会でサン・マルティンの「アンデス越え」に言及した。

万年雪に覆われた6000メートル級の山々がそびえるアンデス山脈。空気が薄く、道は一人が通れるほどの幅し

かない。危険な箇所も多く、大軍を率いて向かう者などいない。

しかし、青年サン・マルティンの心は決まっていた。

”今はためらっている時ではない。行動する時である”

それから数年、周到な準備を重ねた末、アンデス越えを決行。兵士たちを引き連れ、厳しい寒さや疲労と戦いなが

ら、約2週間の行軍で、ついに成し遂げたのである。

彼が不可能を可能にした要因は何か――。

第一に「いかなる人であれ、一緒に戦おうという人は、皆”同志”として敬った」。先住民や外国人を”よそ者扱い”

せず、奴隷も解放し、仲間とした。さらに「対話」を重ね、一人一人に訴えた。そして、短期間で5000人を超

える一級の部隊をつくることができた。

第二に「常に自ら先頭に立ち、苦楽をともにして、皆を励ます心遣いを忘れなかった」。疲れ果てた兵士たちを鼓

舞するため、彼は音楽隊にアルゼンチン国歌を演奏させた。アンデスの山々にこだまする祖国の調べに、兵士たち

は奮い立った。

こうした逸話を紹介しつつ、池田先生は訴えた。

「私どもも、ともどもに、”広宣のアンデス”を越えてまいりたい。『行動の人』の栄光は永遠である」と――。

「青年の月」7月が開幕した。自ら掲げた目標へ、一歩でも二歩でも前進する人は皆、「青年」である。

広布の同志を大切に、どこまでも温かく励まし合いつつ、青年の心で「栄光の峰」へ出発しよう。

 

 

 

 

 

 


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