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誓願 六十六

 山本伸一は、毎月の本部幹部会などの会合に出席するたびに、民衆の幸福を願われた日蓮

大聖人の御精神や真実の仏法者の在り方などについて語っていった。

ある時は、喜劇王チャップリンの言葉を紹介し、「自由」のために戦う勇気の大切さを語り、

ある時は、文豪ユゴーの『レ・ミゼラブル』を通して、「民衆よ強くなれ! 民衆よ賢くな

れ! 民衆よ立て!」と呼びかけた。

さらに、御聖訓通りに難を受けるのは、学会の広宣流布の戦いが正しいことの証左であると

訴えた。また、仏法の本義のうえから、広布に生き、御本尊を信じ、仏道を行じ抜いてきた

人は、皆“仏”であることや、民衆のための宗教革命こそ正道であると力説した。あるいは、

「『一人の幸福』に尽くしてこそ仏法である」「太陽の仏法は、全人類に平等である」「世

界広布の大道は、どこまでも『御本尊根本』『御書根本』である」ことなどを確認してきた。

創価の同志が心を一つにして、日顕ら宗門による弾圧を、乗り越えていく力になったのが、

一九八九年(平成元年)八月二十四日の第一回東京総会から始まった、衛星中継であった。

それまで、電話回線を使っての音声中継は行われていたが、この時から、全国の主要会館の

大画面に、映像も流れることになったのである。

伸一は、全同志と対話する思いで、仏法の法理に、日蓮大聖人の御指導に立ち返って、“何が

正であり、何が邪なのか”“宗門事件の本質とは何か”“人間として、いかに生きるべきか”など、

多次元から、明快に語っていった。共通の認識に立ってこそ、堅固な団結が生まれる。

衛星中継を通して同志は、深く、正しく、問題の真実と本質を知った。ただただ、広宣流布

を願い、使命に生き抜こうとする伸一の思いを感じ取っていった。そして、“何があっても、

腐敗した宗門の策略などに負けず、共々に広布に走り抜こう!”と、皆の心は、固く、強く、

一つに結ばれたのである。

 

 

誓願 六十七

 一九九一年(平成三年)の十一月八日のことであった。宗門から学会本部へ、「創価学

会解散勧告書」なる文書が届いた。十一月の七日付となっており、差出人は、管長・阿部

日顕、総監・藤本日潤である。宛先は、学会の名誉会長でSGI会長の山本伸一、学会の

会長でSGI理事長の秋月英介、学会の理事長の森川一正であった。

そこには、僧と信徒の間には、師匠と弟子という筋目の上から厳然と差別があり、学会が

法主や僧を師と仰がず、平等を主張することは、「僧俗師弟のあり方を破壊する邪見」だ

などとして、創価学会並びに、すべてのSGI組織を解散するよう勧告してきたのである。

しかし、そもそも創価学会は、一九五二年(昭和二十七年)に、既に宗門とは別の宗教法

人となっているのだ。広宣流布の使命を果たし抜かんとする第二代会長・戸田城聖の、先

見の明によるものである。宗門は、法的にも解散を勧告できる立場ではなく、なんの権限

もないのだ。

戸田は、「宗門は金を持てば、学会を切るぞ! その時のために、万全の備えをしておく

から」と、鋭く見抜いていた。この英断によって正義の学会は厳然と守られたのだ。

学会員は、解散勧告書の内容に失笑した。

「法主に信徒は信伏随従しろとか、僧が信徒の師だとか、自分たちに都合のいいことばか

り言っているが、大事なのは何をしてきたかだ」「だいたい、折伏をしたことも、個人指

導に通い詰めて信心を奮い立たせたこともほとんどない、遊びほうけてばかりいる坊主が、

どうやって、広布に生き抜いてきた学会員を指導するつもりなんだ!」

この八日、東京婦人部は、「ルネサンス大会」を開催した。寺の従業員であった婦人らが、

僧と寺族の堕落した生活ぶりや、信心のかけらすらない傲慢な実態を告発。皆、“衣の権

威の呪縛を断ち、いよいよ人間復興の時が来た!”と、決意を固め合った。

「人間のため」という、仏法の原点に還ろうとの機運が、一気に高まっていった。

 

 

誓願 六十八

 十一月八日、会長の秋月英介らは、宗門から「創価学会解散勧告書」が送付されてきた

ことにともない、記者会見を行った。

解散勧告書の内容は全く無意味なものであることを述べるとともに、宗門が、日蓮大聖人

の仏法の教義と精神から大きく逸脱している事実を話した。

また、宗門には、根深い信徒蔑視の体質があり、対話を拒否してきたこと、狭い枠の中で

しかものを見ず、ドイツ語での「歓喜の歌」の合唱についても、クレームをつけてきたこ

となどを述べた。そして、現在、学会が行おうとしているのは、そうした偏狭な権威主義

を覚醒させる運動であり、大聖人の仏法が世界宗教として広まっているなかでの宗教改革

であると訴えた。

さらに、全国の会員たちの怒りは激しく、自分たちで、法主の退座を要求する署名を始め

ている状況にあることを伝えた。

葬儀や塔婆供養等を利用した貪欲な金儲け主義、腐敗・堕落した遊興等の実態。誠実に尽

くす学会員を隷属させ、支配しようと、衣の権威をかざして、「謗法」「地獄へ堕ちる」

などと、繰り返された脅し――同志は、“こんなことが許されていいわけがない。大聖人の

仏法の正義が踏みにじられていく。その醜態は、中世の悪徳聖職者さながらではないか!

との思いを深くしてきた。

そして、“なんのための宗教か”“誰のための教えなのか”と声をあげ始めたのである。

山本伸一は、一貫して「御本尊という根本に還れ!」「日蓮大聖人の御精神に還れ!」

「御書という原典に還れ!」と、誤りなき信心の軌道を語り示してきた。

同志は、宗門の強権主義、権威主義が露骨になるなかで、大聖人の根本精神を復興させ、

人間のための宗教革命を断行して、世界広布へ前進していかねばならないとの自覚を深く

していった。その目覚めた民衆の力が、新しき改革の波となり、大聖人の御精神に立ち返

って、これまでの葬儀や戒名等への見直しも始まったのである。

 

 

誓願 六十九

 学会では、葬儀についても、日蓮大聖人の教えの本義に立ち返って、その形式や歴史的

な経緯を探究し、僧を呼ばない同志葬、友人葬が行われていった。

日蓮大聖人は仰せである。

「されば過去の慈父尊霊は存生に南無妙法蓮華経と唱へしかば即身成仏の人なり」

(御書一四二三ページ)

「故聖霊は此の経の行者なれば即身成仏疑いなし」(同一五〇六ページ)

これらの御書は、成仏は、故人の生前の信心、唱題によって決せられることを示されてい

る。僧が出席しない葬儀では、故人は成仏しないなどという考え方は、大聖人の御指導に

はない。

また、戒名(法名)についても、それは、本来、受戒名、出家名で、生前に名乗ったもの

である。大聖人の時代には、死後戒名などなく、後代につくられた慣習を、宗門が受け入

れたに過ぎない。戒名は、成仏とは、全く関係のないものだ。

大聖人の仏法は、葬式仏教ではなく、一切衆生が三世にわたって、幸福な人生を生きるた

めの宗教である。

各地の学会の墓地公園は、そうした仏法の生命観、死生観のもと、皆、平等で、明るいつ

くりになっている。

学会の同志葬、友人葬が実施されると、その評価は高かった。学会員ではない友人からも、

絶讃の声が寄せられた。
 「葬儀は、ともすれば、ただ悲しみに包まれ、陰々滅々としたものになりがちですが、

学会の友人葬は、さわやかで、明るく、冥土への旅立ちに、希望さえ感じさせるものでし

た。創価学会の前向きな死生観の表れといえるかもしれません」

「今は、なんでも代行業者を使う。葬儀で坊さんに読経してもらうのは、そのはしりでし

ょう。しかし、自分たちで、故人の冥福を祈ってお経を読み、お題目を唱える。皆さんの

深い真心を感じました。これが、故人を送る本来の在り方ではないでしょうか」

 

 

誓願 七十

 同志葬、友人葬について、ある学者は、次のような声を寄せた。

「日本の葬儀に革命的ともいえる変革をもたらすもの」「時代を先取りしているだけに、

一部、旧思考の人びとから反発されるかもしれないが、これが将来の葬儀となり、定着す

ることは明らかである」「三百年かかって日本に定着した檀家制度を、わずか三十年で、

もう乗り越えようとしている学会の発展とスピードは奇跡的である」

各地の学会員は、第一次宗門事件後、再び宗門の権威主義という本性が頭をもたげ始めた

なかで、仏法の本義に基づく平成の宗教改革に立ち上がった。

そして、宗門が学会に出した「解散勧告書」を契機に、改革への同志の思いは奔流となっ

てほとばしった。それは、日蓮大聖人の正法正義に背き、広宣流布の和合僧を破壊しよう

とする、阿部日顕の法主退座を要求する署名運動となっていった。

11・18「創価学会創立記念日」を前にして、署名は、わずか十日足らずで、五百万人

に至る勢いであった。その広がりは、学会への理不尽極まりない仕打ちに対する、同志の

怒りの大きさを物語っていた。

同時に、創価の宝友には、大聖人の“民衆の仏法”が世界に興隆する時が来たとの強い実感

があった。それは「三類の強敵来らん事疑い無し」(御書五〇四ページ)の御金言が、現

実となったことによるものであった。

学会は、三類の強敵のうち、俗衆増上慢、すなわち仏法に無知な在家の人びとによる悪口

罵詈等の迫害を、数多く受けてきた。また、道門増上慢である、真実の仏法を究めずに自

分の考えに執着する僧らの迫害もあった。

しかし、聖者のように装った高僧が悪心を抱き、大迫害を加えるという僭聖増上慢は現れ

なかった。ところが今、法主である日顕による、仏意仏勅の広宣流布の団体たる創価学会

への弾圧が起こったのである。まさに、学会が、現代において法華経を行じ、御金言通り

の実践に励んできたことの証明であった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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