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〈地域を歩く〉 

沖縄県 八重山諸島

2018年3月16日

 

   一人立つ春が来た

 

 

          亜熱帯の石垣島。

          一年を通し、

           ハイビスカスなどの花々が

            咲き誇る

                  (玉取崎展望台で)

 

3月は、卒業の月だ。

沖縄・那覇市から飛行機で約1時間の石垣島や西表島、与那国島など10島を中心に形成される八重山諸島(沖縄

八重山県=新村善次郎県長、山里直美婦人部長)。

ここにも、この春、母校を巣立つ子どもたちが数多くいる。

石垣島以外の島には高校がない。そのため、進学を選んだほとんどの中学生が、卒業後は、家族の住む島を、一人

で離れることになる。

「広宣流布記念の日」の本日を迎えるに当たり、そんな沖縄八重山県における、後継の未来部育成を取材した。

 ◇

今月上旬、八重山諸島の玄関口・南ぬ島石垣空港に降り立つと、ハイビスカスやデイゴなど、亜熱帯の自然が出迎

えてくれた。

空港から車で約30分。八重山文化会館で、仲大盛華乃さん・将彦さんきょうだいと出会った。

二人はこの春、それぞれ東京の創価大学、大阪の関西創価高校に進学する。

「皆さんが、いつも自分に寄り添ってくれている感じがしました。体調が悪い時は、飲み物の差し入れまでしてく

れました」(将彦さん)

仲村法子さん(本部女性未来本部長)は「小さい頃から見てきたけど、むしろ二人の姿に、婦人部・壮年部は励ま

されてきたのよ」と笑う。

話題はやがて、「2・3『八重山の日』記念総会」に――。

毎年、この総会では、未来部が、青年部と共に池田先生の八重山訪問についての群読を行うのが恒例になっている。

そこで、訪問の歴史を学び、地域広布への誓いを立てるのだ。

――1955年(昭和30年)に八重山に妙法の灯がともされて以来、草創の友は、土俗信仰の強い地域に、歯を

食いしばるようにして学会理解の輪を広げてきた。

 

              景勝地として知られる

                石垣島の川平(かびら)湾

池田先生が八重山を訪問したのは、74年(同49年)2月3日の

ことだった。先生は、同志に渾身の激励を送り、八重山の未来の展望として、「20年、30年、50年先には、

八重山は、日本はおろか、全世界から脚光を浴びる、暁天の国土になることを疑いません」と。さらに、”「日本

のハワイたれ」をキャッチフレーズにして、美しく清らかな自然を守っていただきたい”と語った。

また、高等部・中等部には、「高校生、中学生は、学会の次の後継者です」「八重山のため、皆のために頑張って

ください」と呼び掛けた――。

当時、中心者の一人として先生を迎えた南風原光宏さん(県主事)は、「広布の後継者が成長する。これ以上の喜

びはないよ」と語る。以来、沖縄八重山県は、各部一体での未来部育成に率先して取り組んできた。

この一年、浪人生活を過ごしてきた華乃さん。くじけそうな日々の支えとなったのは、壮年部・婦人部や、一緒に

浪人生活を過ごした未来部からの励ましだったという。

不合格通知が続く中で迎えたのは、今年2月の座談会。地域の同志には現状をありのまま報告しようと、勇気を出

して参加した。皆の前に立つと、思わず、悔し涙があふれた。そんな華乃さんを参加者は、「まだ終わりじゃない

よ」と真心から励ましてくれた。

”私にも使命がある”――そう前を向いた後日、華乃さんのもとに、創価大学から合格通知が届いたのである。

池田先生の八重山への期待、未来部への期待を身にしみて感じるようになった華乃さん。将来、何らかの形で八重

山に恩返しを、と誓っている。

 

近年、沖縄八重山県が、県全体でチームづくりを行うなど力を入れるのが、英語劇のコンクール「E-1グランプ

リ」だ。宮良玲子さん(県女性未来本部長)は、「挑戦したメンバーは別人のように変わるんですよ」と語る。

毎回の練習には、壮年部・婦人部が激励に駆け付けるだけでなく、男子部が先生の指針などを必ず紹介していると

いう。

将彦さんはこれまでに2回挑戦した。最初は気が進まなかったが、次第に、皆でやることの楽しさ、英語を話すこ

とのおもしろさに気付いた。「練習で聞いた”他人ではなく、自分が行動する。この率先が人生を開くカギである”

との言葉が印象に残っています」

そうした中で、自身の進路も真剣に考えるようになった。すると、八重山には、たくさんの外国人観光客が訪れて

いることに気付いた。

石垣市は、今年1月にアメリカの旅行口コミサイトが発表した「人気上昇中の観光都市」で、初めてハワイを抜い

て世界第1位となっている。

「日本のハワイたれ」

――その先生の言葉を胸に、将彦さんは”世界で仕事ができるようになりたい”と思うように。志望校を国際的な環

境のある関西創価高校に定め、努力の末に願いを叶えた。

「八重山で、他人の幸福を考えることを学びました。海外で活躍できる自分に成長します!」

島を離れても、心の絆は、時間や距離を超えて結ばれ続けるものだ。

高校卒業後、近所でアルバイトを始めた高良凛子さん(女子地区リーダー)。その矢先だった。弟・銀さんが亡く

なったのは。

”なぜ?”――現実を受け入れられなかった。毎日のように、学会員の先輩たちが自宅を訪ねてくれた。「苦しかっ

たけど、『生命の絆は永遠だから、銀ちゃんとまた、会えるよ』と励ましてもらった時、不思議と、”絶対、大丈夫”

と思えました。(高良さん)

ずっと寄り添ってきた山里世紀子さん(婦人部副本部長)は「銀ちゃんのためにも、未来部の皆を、八重山家族を

守っていこうと地域のリーダーで決めたんです」と振り返る。

その後、八重山の同志とは、電話のほか、銀さんの法事、広宣流布大誓堂での誓願勤行会などのたびにつながり続

けた。

昨年、八重山に戻った高良さん。「どこに行っても八重山家族に貢献することが、最高の恩返しだと思っています」

 

卒業生の中には、すでにUターンを決意している未来部もいる。

東京の創価大学に進学する大盛太介さん。その自宅を、大盛さんと関わってきた池城浩一さん(県男子部長)と共

に訪れた。

小学校の時から、走り高跳びに汗を流してきた大盛さんが進路を決めたのは、高校3年の時。ニュースなどで報道

される過労死の問題を身近に感じたことがきっかけだった。その後、「社会保険労務士」になるという夢が定まり、

大学の推薦入試の受験を決めた。

大盛さんは振り返る。「『太ちゃんのために、いつも題目を送っているからね』という言葉に力をもらいました」。

将来、石垣島に戻り、子どもの貧困といった社会問題についても、解決に尽力したいという。

「戻ってきたら、男子部の先輩たちのように、地域の役に立っていけたらいいな」――そう語る大盛さんの横で、

池城さんが笑顔でうなずいた。

 

今月11日に行われた未来部の卒業部員会(八重山文化会館)。卒業する子どもたちに、青年部有志が手作りの

「日めくりカレンダー」を贈った。

そこには、池田先生の言葉がつづられていた。「信心は一生涯のものです。あせることはない。青春時代に『生涯、

信心をつらぬく』土台を築けばいいのです」

どこに旅立とうとも、未来部一人一人にとっての、信心の故郷がある。それが八重山家族の誇りなのだ。

 

 

 

 

 

 

 


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