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勝ち鬨 七十六

 山本伸一は、さらに関矢都美子に、力を込めて語った。

「さあ、新しい出発ですよ。二十一世紀を、二〇〇一年の五月三日をめざして、一緒に

前進しましょう」

「はい。その時、私は八十一歳になっています。必ず元気に生き抜きますから、また、

お会いくださいますか」

伸一は、微笑みながら答えた。

「あと、まだ二十年近くもあるじゃないですか。何度も、何度も、何度も、お目にかか

りましょう。広宣流布のために、まことの時に苦労し、苦労し抜いて戦った方を、私は

永遠に忘れません。あなたのお名前は広布史に残り、光り輝いていくでしょう」

彼は、後日、関矢に句を贈っている。

「世紀まで 共に生きなむ 地涌かな」
    
翌日の一月十二日、秋田文化会館の落成を祝う県幹部会が開催された。

これには、同じく宗門事件の試練を勝ち越えた大分県の代表も参加しており、席上、

両県が「姉妹交流」を結び、“広布の虹の懸け橋”を築いていくことが発表された。

また、秋田は、「支部建設」「座談会の充実」を掲げてスタートを切ることも確認された。

この日、あいさつで伸一は語った。

「私の唯一の願いは、皆様が、“健康であっていただきたい。安定した生活であっていただ

きたい。すばらしい人生であっていただきたい”ということです。そして、そのための信心

であり、信心即生活であることを銘記していただきたいのであります」

信心、学会活動は何のためか――それは広宣流布、立正安国のためであるが、その根本目

的は、自分自身の幸福のためである。唱題とともに、広宣流布、立正安国の実現への実践

があってこそ、自身の生命の躍動も、歓喜も、人間革命も、宿命の転換もある。

さらに、わが家に、わがブロック・地区に、わが地域に、幸せの花を咲かせていく道が、

日々の学会活動なのである。

 

 

勝ち鬨 七十七

 秋田県幹部会で山本伸一は、“人生の最も深い思い出とは何か”に言及していった。

「人それぞれに、さまざまな思い出がありますが、普通、それは、歳月とともに薄らいで

いってしまうものです。

しかし、信心修行の思い出は、意識するにせよ、無意識にせよ、未来永劫の最高の思い出

として残っていきます。広宣流布の活動は、因果の理法のうえから、永遠の幸福への歩み

であり、歓喜と躍動の思い出として、最も深く生命に刻印されていくからです」

まさに、「須く心を一にして南無妙法蓮華経と我も唱へ他をも勧んのみこそ今生人界の思

出なるべき」(御書四六七ページ)と、御聖訓に仰せの通りである。

伸一は、自身の文京支部長代理としての活動や、一カ月で一万一千百十一世帯の弘教を成

し遂げた関西での戦いを振り返りながら、日々、広宣流布に全力で走り抜くなかに、わが

人生を荘厳する、黄金の思い出がつくられていくことを語った。

この日、彼は、秋田の幹部らに言った。

「来館した人たちと話し合っていると、『支部や地区のメンバーを、ぜひ、勤行会に参加

させたい』との声が多い。そこで、明日は自由勤行会を行ってはどうだろうか」

皆、喜びに頰を紅潮させながら頷いた。

「よし、決定だ。これまでは支部幹部以上の集いだが、明日からは、希望者は全員参加だ。

これからが勝負だよ。勤行会の回数は、二、三回になってもかまいません。私は、午前中、

代表との協議会が入っているので、午前の勤行会が終了したところで参加した皆さんと合流

し、一緒に記念撮影をします」

自由勤行会開催の連絡が駆け巡った。

翌十三日朝は、前夜からの雪が降り続いていた。秋田の同志は、降りしきる雪のなか、県北

西部の能代や県中央部の大曲などから、意気揚々と集って来た。

「嵐吹きまく 雪原の 広布の法戦に 集いし我等……」とは、秋田の同志が、折に触れて

歌ってきた県歌「嵐舞」の一節である。

 

 

勝ち鬨 七十八

 山本伸一は、十三日朝、秋田文化会館で役員らと共に勤行したあと、市内での協議会に

出席し、正午過ぎ、記念撮影の会場となる、会館前の公園へ向かった。

そこには、午前中、二回にわたって行われた勤行会の参加者が、記念撮影のために喜々と

して集まっていた。雪は降り続いていたが、皆、元気いっぱいであった。

思えば、この数年、秋田の同志は、歯ぎしりするような日々を過ごしてきた。

――悪僧たちは、葬儀の出席と引き換えに脱会を迫るというのが常套手段であった。また、

信心をしていない親戚縁者も参列している葬儀で、延々と学会への悪口、中傷を繰り返し

てきた。揚げ句の果ては、「故人は成仏していない!」と非道な言葉を浴びせもした。

人間とは思えぬ、冷酷無残な、卑劣な仕打ちであった。

そうした圧迫に耐え、はねのけて、今、伸一と共に二十一世紀への旅立ちを迎える宝友の

胸には、「遂に春が来た!」との喜びが、ふつふつと込み上げてくるのである。

伸一が、白いアノラックに身を包んで、雪の中に姿を現した。気温は氷点下二・二度である。

集った約千五百人の同志から大歓声があがり、拍手が広がった。

彼は、準備されていた演台に上がり、マイクを手にした。

「雪のなか、大変にお疲れさまです!」

「大丈夫です!」――元気な声が返る。

「力強い、はつらつとした皆さんの姿こそ、あの『人間革命の歌』にある『吹雪に胸はり 

いざや征け』の心意気そのものです。

今日は、秋田の大勝利の宣言として、この『人間革命の歌』を大合唱しましょう!」

雪も溶かすかのような熱唱が響いた。
   
 〽君も立て 我も立つ

   広布の天地に 一人立て……
   
 伸一も共に歌った。皆の心に闘魂が燃え盛った。創価の師弟の誇らかな凱歌であった。

 

 

勝ち鬨 七十九

 山本伸一は、秋田の同志の敢闘に対して、さらに提案した。

「皆さんの健闘と、大勝利を祝い、勝ち鬨をあげましょう!」

「オー!」という声が沸き起こった。

そして、民衆勝利の大宣言ともいうべき勝ち鬨が、雪の天地に轟いた。

「エイ・エイ・オー、…………」

皆、力を込めて右腕を突き上げ、声を張り上げ、体中で勝利を表現した。

降りしきる雪は、さながら、白い花の舞であり、諸天の祝福を思わせた。この瞬間、高所

作業車のバケットに乗っていた「聖教新聞」のカメラマンが、シャッターを切った。

伸一は、呼びかけた。

「皆さん、お元気で! どうか、風邪をひかないように。また、お会いしましょう!」

午後一時半過ぎからは、この日、三度目となる自由勤行会が行われた。

ここにも伸一は出席し、勤行の導師を務めたあと、マイクに向かった。

彼は、日蓮仏法の仏道修行の原理原則は、「信・行・学」であることを確認するとともに、

そのための学会活動であることを力説した。そして、学会活動という実践のなかにこそ、

仏道修行も、宿命転換も、一生成仏もあることを訴えたのである。

また、秋田県創価学会には多くの立派な教育者がいることから、協議会で検討し、教育部

員の代表によって「秋田教育者クラブ」が発足したことを紹介し、地域貢献の柱となって

いただきたいと期待を寄せた。

さらに、日本で最も広宣流布が進んでいる地域の一つとして仙北郡太田地域をあげ、その

推進力となってきた草創の同志たちに光を当て、これまでの奮闘を讃え、心から励ましを

送った。

伸一は、“どうすれば、各地域の特色を生かして、有効に広宣流布を進めていくことがで

きるか”を、さまざまな角度から、常に考え続けていたのだ。それが、広布を担う指導者

の在り方だからである。

 

 

勝ち鬨 八十

 仙北郡太田地域で、初代地区部長として戦ってきたのが、小松田城亮である。

彼は、一九五三年(昭和二十八年)、東京の大学で学ぶ五男が帰省した折、信心の話を聞

いた。城亮の妻・ミヨは病弱で、長男の子どもたちは相次ぎ他界し、長男の嫁も結婚三年

にして敗血症で亡くなっていた。先祖伝来の黄金の稲穂が実る広大な田畑を有してはいた

が、心は暗かった。

不幸続きの人生に合点がいかなかった彼は、仏法で説く因果の理法に触れ、半信半疑なが

ら、妻、長男と共に入会した。

秋田県の太田町(後の大仙市の一部)周辺で、最初に誕生した学会員である。

勤行を始めた妻は日ごとに元気になり、暗かった家に笑い声が響くようになった。また、

激励に通ってくれる学会員が、それぞれ大きな苦労を抱えながらも、強く、明るく、前向

きに生きる姿に、信心への確信をもった。

人に仏法の話をしたくてたまらず、最初に弘教したのが従弟だった。妻の実家も、信心を

始めた。時間をつくり出しては、ワラ蓑に菅笠姿で、夫妻で折伏に歩いた。

地域には、親戚が多かった。親類から親類へ、そして知人へと弘教の輪が広がり、五九年

(同三十四年)には、地元・太田地域に地区が結成され、城亮は地区部長になった。

入会から十年ほどしたころには、親族のうち四十七軒が入会し、県南一円に約四千七百世

帯の学会員が誕生するまでになった。しかし、順風満帆な時ばかりではなかった。六三年

(同三十八年)には、出先で自宅の家屋が全焼したとの知らせを受ける。代々続いた家と

家財道具を、すべて焼失したのだ。

「『最高の教えだ。必ず守られる』と言っていたではないか!」と、疑問と不信の声があ

がった。だが、彼は、にこにこと笑みを浮かべて、胸を張って言い切った。

「大丈夫し、すんぱい(心配)すんなって。御本尊さある!」

心に輝く確信の太陽は、周囲の人びとを覆う、不安の暗雲をも打ち破っていく。

 

 

 

 

 

 


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