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〈教学〉 3月度座談会拝読御書 寂日房御書

201836

 

 『かかる者の弟子檀那とならん人人は宿縁ふかしと思うて日蓮と同じく法華経を弘むべきなり

   法華経の行者といはれぬる事はや不祥なりまぬかれがたき身なり

 

○背景と大意.

弘安2年(1279年)9月16日、日蓮大聖人 58歳の御時、弟子の寂日房(じゃくにちぼう)に託し、

門下の女性に与えられた御書です。

冒頭、大聖人は「日本第一の法華経の行者である」と述べられます。以下に、その御文を示します。

「日蓮は日本第一の法華経の行者なりすでに勧持品の二十行の偈の文は 日本国の中には日蓮一人よめり

 八十万億那由佗の菩薩は口には宣たれども修行したる人一人もなし」
 
勧持品二十行の偈(かんじほんにじゅうぎょうのげ)とは、菩薩たちが釈尊滅後に三類の強敵の大難に耐えて

法華経を弘通することを誓った文です。

一行が漢字20字であり、全体で400字になります。

 

過去、誰も身読したことのない法華経の一切の苦難を、唯一、乗り越えられたのが日蓮大聖人でした。

その大聖人を師として御本尊を信じ持つことができたのは、過去世の深い宿縁である、大聖人と同じく

法華経を弘めるべきである、と述べられています。

今月の学習範囲の御文は、以下の御文(趣意)です。

「日蓮大聖人の弟子や檀那となる人々は宿縁が深いと思って、日蓮と同じように法華経を弘めるべきである。

法華経の行者として知られることは世間から見れば不運なことであるが、仏法の眼から見れば最高に名誉なこと

である。そうなった以上、覚悟を決めて信心に励んでください」

○所感.

「宿縁深し」とは過去からの因縁を意味します。

「不詳」とは、「不運」を意味し、世間から見れば不幸なことである仰せです。

大聖人の弟子である私たちは、難を受けながら広宣流布を果たし、そのプロセスの中で自他ともの大幸福を築き

ます。

ここで注目すべきは「不詳」でしょう。信心ゆえに難を受けるのです。
 
  
信心ゆえに難を受け、苦しみもがいて磨かれた命・・

それは、大聖人の記された「不詳」ゆえの功徳です。苦労しないと幸福というのは感じることができないのだと

思います。

信心ゆえに受けた苦難は、宝となります。

そのことは声を大にして申し上げたいです。

 

 

 

 

 


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