第43回「SGIの日」記念提言㊦-4
2018年1月27日
1万数千人の学生らを前に、
日中国交正常化提言を発表する池田SGI会長
(1968年9月、東京・両国の日大講堂で)。
その翌年(69年6月)には、
小説『人間革命』の連載の中で、
日中平和友好条約の締結を呼び掛けた
2002年の第2回「高齢化世界会議」で打ち出され、昨年の
国連の公開作業部会でも強調されたように、高齢者の人権を守る
取り組みは、すべての年齢の人々を大切にし、いかなる差別も許さない人権文化の土壌を育むことにつながるもの
です。
そこで私は、公開作業部会でも議論された「高齢者人権条約」の制定に向けて交渉を早期に開始することを強く訴
えたい。そして、世界で最も高齢化率が高い日本で、第3回「高齢化世界会議」を開催することを提唱したいと思
います。
第2回の世界会議で合意された政治宣言と行動計画では、高齢者の経験は思いやりのある社会を築くための財産で
あり、高齢者は地域での日常的な役割だけでなく、災害などの緊急事態からの復興と再建で積極的な貢献を果たせ
ることが強調されていました。
そのことは、東日本大震災からの復興に取り組む日本でも実感されてきた点であり、国連の会議で3年前に採択さ
れた「仙台防災枠組」では、社会の防災力を高めるために高齢者の参加が欠かせないことが明記されたところです。
「高齢者人権条約」の制定にあたっては、国連原則に基づく権利保護を確立するとともに、「エイジング・イン・
プレイス」と呼ばれる“高齢者が住み慣れた地域で、生きがいと尊厳をもって生き続けられるために何が必要か”と
の点に立脚した規定を盛り込むべきではないでしょうか。
「多宝」の名称に込められた思い
私どもSGIでも、信仰に基づく活動の根幹として「体験談運動」を通し、さまざまな困難や課題を乗り越えた人
生の物語を共有する場を積極的に設けてきました。
体験の重みに裏付けられた、その人でなければ語ることのできない言葉によって、多くの高齢者が、後に続く世代
の人たちの心に勇気と希望を灯し続けてきたのです。
私が創価学会の高齢者のグループに「多宝会」という名前を贈ったのは、「高齢者のための国連原則」が採択され
る3年前(1988年)のことでした。
「多宝」の名称は、釈尊が説いた“万人の尊厳”の思想が真実であることを証明する存在として、法華経に登場する
多宝如来に由来するものです。法華経では、世界の宝を集めたような宝塔が出現する場面がありますが、その中か
ら現れるのが多宝如来なのです。
私は、そうした意義を込め、信仰と人生の年輪を重ねてきた大切な同志のグループに、「多宝会」の名前を贈りま
した。
以来、多宝会のほかに宝寿会や錦宝会が結成され、ドイツでは「ゴールデナー・ヘルプスト」(錦秋会)、オース
トラリアでは「ダイヤモンドグループ」などのグループがありますが、高齢者の同志は信仰の面でも社会的な面で
も“宝”の存在となっているのです。
人間が生きる上で避けて通れない「生老病死」の悩みを乗り越えてきた信仰の息吹を語ってきたのも、戦争体験や
被爆証言などを通してSGIの「平和運動の精神の継承」でかけがえのない役割を担ってきたのも、地域の歴史や
人々のつながりを深く知り、「災害からの復興」において励まし合いの輪を支えてきたのも、高齢者の同志でした。
今後もSGIとして体験談運動をはじめ、戦争と災害の教訓を語り継ぐ活動に力を入れるとともに、他のFBO
(信仰を基盤にした団体)と協力してシンポジウムなどを開催しながら、高齢者の人権と尊厳を守る社会の潮流を
高めていきたいと思います。
多くの都市がパリ協定を支援
最後に第三のテーマとして、国連のSDGs(持続可能な開発目標)の取り組みを加速させるための提案をしたい。
SDGsでは、貧困や飢餓や教育をはじめ17分野にわたる目標が掲げられていますが、この中で近年、国際協力
の枠組みづくりが進んできたのは、気候変動の分野です。
昨年11月、地球温暖化を防止するためのパリ協定に、唯一の未参加国だったシリアが批准しました。
脱退の意向を示しているアメリカの今後の動向が課題として残るものの、世界のすべての国が温室効果ガスの削減
に共同して取り組む体制が整ったのです。
近年、異常気象が各地で相次いでいますが、その脅威と無縁であり続けることができる場所は、地球上のどこにも
ありません。
干ばつと洪水による被害や海面上昇の影響などで住み慣れた場所を追われる「気候変動難民」の数も増加していま
す。
温暖化に歯止めがかからなければ、最悪の場合、2050年までに10億人が移住を強いられるとの予測もありま
す。
パリ協定は、そうした深刻な脅威から多くの人々の生活と尊厳を守る命綱となるだけでなく、将来の世代のために
持続可能な社会を築く土台となるものです。
発効から4年以内(2020年11月まで)は、どの国も脱退できない仕組みとなっており、アメリカがこのまま
パリ協定の枠組みにとどまって、各国と共に目標の達成に向けて行動することが強く望まれます。
温暖化の防止はもとより難題ですが、私が大きな希望を感じるのは、各国の自治体の間で意欲的な動きが広がって
いることです。
例えば、全米市長会議は「各都市の調達電力を2035年までに全て再生可能エネルギーにする」との決議を行っ
ています。
また、フランスのパリで2030年以降に市内を走行できる自動車を電気自動車に限定する計画があるほか、ス
ウェーデンのストックホルムは2040年までの化石燃料の使用廃止を目指しています。
昨年6月には、世界の140に及ぶ大都市の市長が集まった総会で、国際的な政治状況に左右されることなく、都
市がパリ協定の実施に率先して取り組むことを約束するモントリオール宣言が発表されました。
このように、共通のリスクでありながらも、国益がぶつかり合う課題において、多くの自治体が“パリ協定を後押
しすることは、自分たちの住む地域を守ることにつながる”との意識を持って、積極的な行動に踏み出しているの
です。
自治体同士の経験を共有しようとする動きも始まっており、ヨーロッパでは、ドイツの主導で気候保全をテーマに
した都市交流が進められることになりました。
温室効果ガスの排出量が多い北東アジアでも、同様の連携を強めることが急務ではないでしょうか。そこで私は、
合計で世界の排出量の約3割を占める日本と中国が連携し、「気候保全のための日中環境自治体ネットワーク」の
形成を目指すことを提唱したい。
日本では、環境未来都市と環境モデル都市に指定された自治体を中心に、温暖化防止の対策が積極的に行われてき
ました。中国でも、太陽光発電の導入量が世界一になるなど、多くの地域で再生可能エネルギーの導入が進んでい
ます。
ネットワークづくりにあたっては、まず手始めに、国連が3年前に立ち上げた気候中立のイニシアチブ=注5=に、
温暖化防止に意欲的に取り組んできた日本と中国の自治体が登録していく方法もあると思います。
すでに東京都と北京市、神戸市と天津市、北九州市と大連市といったように、環境分野での自治体提携の実績もあ
ります。そうした自治体同士の経験の共有や技術協力などを日中両国で積み重ねる中で、自治体協力の輪を他の北
東アジア諸国の間にも広げていってはどうでしょうか。
大学の提携や青年交流が拡大
今や両国の人的往来は年間で約900万人に達し、自治体の姉妹提携の数も363にのぼります。
私が日中国交正常化の提言をしたのは50年前(1968年9月)でしたが、当時は貿易の継続さえ危ぶまれたほ
どの険悪な状態で、日中友好を口にするだけでも厳しい批判にさらされただけに隔世の感があります。
1万数千人の学生たちが集まった総会で、私は呼び掛けました。
「国交正常化のためには、それに付随して解決されなければならない問題がたくさんある」「これらは、いずれも
複雑で困難な問題であり、日中両国の相互理解と深い信頼、また、何よりも、平和への共通の願望なくしては解決
できない問題である」
「国家、民族は、国際社会のなかで、かつてのように利益のみを追求する集団であってはならない。広く国際的視
野に立って、平和のため、繁栄のため、文化の発展・進歩のために、進んで貢献していってこそ、新しい世紀の価
値ある民族といえるのである」と。
この50年間で、日本にとって中国は最大の貿易国となり、中国にとっても日本はアメリカに次ぐ2番目の貿易国
となりました。
日本の大学の間で最大の提携先となっているのも、中国の大学です。
私が創立した創価大学は、国交正常化後の1975年に、中国からの国費留学生を初めて受け入れた日本の大学と
なりましたが、現在では、両国の大学の交流協定は4400を超えるまで拡大しています。
日中平和友好条約の締結の翌年(79年)からは青年親善交流事業が始まり、若い世代が友好を深める機会が設け
られてきました。
創価学会でも、79年に青年部の訪中団を派遣して以来、青年同士の往来が続いており、85年には中華全国青年
連合会(全青連)と議定書を結んで交流を定期的に行う中、昨年も11月に青年部の交流団が訪中して友誼の絆を
強め合ったところであります。
このように両国の交流は大きく広がり、多くの分野で協力が進んできました。
今年で日中平和友好条約の締結40周年を迎えます。
その佳節を機に、これまで積み上げてきた“両国の関係を深めるための協力”を基盤としながら、「地球益」や「人
類益」のための行動の連帯を図る挑戦を、大きく前に進めるべきではないでしょうか。
温暖化防止と持続可能な都市づくりは、いずれもSDGsの重点課題であり、若い世代の情熱と創造力を最大の原
動力としながら、北東アジアをはじめ、世界全体のモデルとなる事例を共に積み上げていくことを、強く呼び掛け
たい。
ジェンダー平等が問題解決に不可欠
結びに、SDGsの推進のために言及しておきたいのは、ジェンダー平等と女性のエンパワーメント(内発的な力
の開花)に関する提案です。
このテーマは、SDGsの目標の一つというだけでなく、他のすべての目標を大きく前進させる上で欠かせない
“SDGsの基軸”となるものです。
国連でこの課題に取り組むUNウィメンのムランボ=ヌクカ事務局長は、昨年10月、国連安全保障理事会での
「女性と平和・安全保障」を巡る討論で、次のように強調していました。
「『女性と平和・安全保障』という議題は、グローバルな政策決定においてその足跡を広げ続けており、今や、地
球的な問題を語る上で不可欠な柱となっています」
事実、核兵器禁止条約の前文でも、ジェンダー平等が持続可能な平和にとって不可欠の要素であるとし、核軍縮に
女性が関与することの支援と強化が呼び掛けられました。
2000年に国連の安保理で採択された「1325号決議」を機に、紛争解決と平和構築のプロセスへの女性の参
加拡大が図られてきましたが、各国の安全保障政策の転換につながる軍縮の分野でも、その重要性が明記されたの
です。
こうした問題意識の広がりは、平和の分野だけにとどまりません。
例えば、2015年に合意された「仙台防災枠組」では、女性のエンパワーメントに日頃から取り組むことが、災
害に対する社会のレジリエンス(困難を乗り越える力)の強化につながると指摘されています。
また、昨年11月にドイツで行われた気候変動枠組条約締約国会議で「ジェンダー行動計画」がまとめられたよう
に、温暖化防止の面でも女性の役割が鍵を握ることが、国際社会の共通認識になっているのです。
そこで私は、こうした時代変革の波動をあらゆる分野で広げていくために、「女性のエンパワーメントの国際10
年」を国連で制定することを提唱したい。
具体的には、安保理の「1325号決議」採択20周年を迎える2020年から国際10年をスタートし、SDGs
の達成期限である2030年に向けて、女性のエンパワーメントの推進とともに、SDGsのすべての目標の底上
げを期すべきではないでしょうか。
女性のエンパワーメントは“可能であれば考慮する”といったオプション的なものであってはならず、課題に直面す
る人々が切実に必要としているものに他なりません。
UNウィメンがヨルダンの難民キャンプで実施した支援で、衣類の仕立ての仕事を始めたシリア難民の女性はこう
述べています。
「無力感を感じることが少なくなりました。仕事をすることで、自分たちに価値を見出し、エンパワーされると感
じます」(UN Women日本事務所のウェブサイト)
また、タンザニアの難民キャンプに逃れたブルンジの女性は、「何もすることがないキャンプでは、先の見えない
将来への不安で頭がいっぱいになります」と沈んでいたものの、起業トレーニングへの参加をきっかけに気持ちが
上向きになりました。いつかブルンジに戻り、得意のパン作りの技術で生計を立て、子どもたちを再び学校に送り
たいとの夢を語るまでになったのです(UNHCR駐日事務所のウェブサイト)。
このように女性のエンパワーメントは、どれだけ厳しい状況に置かれていても、「生きる希望」を取り戻しながら
前に進むための原動力となるものです。
誰も置き去りにしない世界を!
私どもSGIも、“万人の尊厳”を掲げる仏法の思想に基づき、女性のエンパワーメントの裾野を広げる活動を続け
てきました。
国連の「女性の地位委員会」の取り組みを市民社会の側から支援し、国連本部での会合に代表が参加するとともに、
2011年からは、他団体と協力して会合の並行行事を継続的に開催しています。
また、国連人権理事会の会期に合わせて、女性の権利を守るための信仰と文化の役割や、男女平等のためのノン
フォーマル教育をテーマにした関連行事を行ってきました。 昨年3月の「女性の地位委員会」では、ジェンダー
平等と宗教に関する世界的なプラットフォームが立ち上げられました。
その目的は、それぞれの信仰に基づく言説を展開する中で、女性の人権や貢献に対する社会の認識を改善する流れ
をつくり出し、地域をはじめ、国や国際レベルでのジェンダー平等に関する政策や法律の整備などの規範づくりに
影響を与えていくことにあります。
SGIとしても、このプラットフォームの活動に積極的に参加し、他のFBOと力を合わせながら、困難に直面す
る女性たちの生きる力の源となり、地球的な課題の解決を前に進めるためのアリアドネの糸=注6=を、共に紡ぎ
出していきたい。
そして、市民社会の声を結集し、「女性のエンパワーメントの国際10年」の制定に向けた機運を高めていきたい
と思います。
SDGsが掲げる「誰も置き去りにしない」とのビジョンは、世界の半分を占める女性たちの人権を守り、希望と
尊厳をもって生きられる社会を築く挑戦の中で、力強く躍動していくに違いありません。
この2030年に向けた挑戦を展望する時、かつてローザ・パークスさんが、心の支えにしてきたものとして紹介
してくださった言葉が思い浮かんできます。
「“人間は苦しみに甘んじなければならない”という法律はないんだよ」との、パークスさんの母君の言葉です。
パークスさんの母君も差別と戦い続けた女性でしたが、この切実な思いこそ、ジェンダー平等を基軸にSDGsの
取り組みを前進させるために、あらゆる差異を超えて皆で共有すべき精神ではないでしょうか。
今後もSGIは、一人一人の生命と尊厳を守ることを基盤に、地球的な課題を乗り越えるための民衆の連帯を大河
のように広げていきたいと思います。
語句の解説 注4 中距離核戦力(INF)全廃条約 1987年12月にアメリカとソ連が締結した、射程500キロか ら5500キロの中距離核戦力(INF)を全廃するための条約。 91年に廃棄が完了し、検証措置が2001年まで実施された後、双方の違反がないものとして条約の履行は 終了していたが、近年、INFの新たな配備を禁止した規定を巡って対立が生じ、この分野での核軍拡が再燃 することが懸念されている。 注5 気候中立のイニシアチブ 2015年9月に国連が立ち上げた取り組みで、地球温暖化の要因となる温 室効果ガスの排出量と、森林などによる吸収量を均衡させる「気候中立」を目指すもの。各国政府をはじめ、 企業や個人に対し、温室効果ガスの排出量を削減するための積極的な行動を呼び掛けている。 昨年8月、ノルウェーのアーレンダール市が自治体として初めてイニシアチブに参加し、気候中立都市の実現 を約束した。 注6 アリアドネの糸 ギリシャ神話に由来する言葉。クレタ島の王女であるアリアドネが、怪物を退治する ために迷宮に入るテセウスに糸を渡し、迷宮の入り口と結んだ糸を手がかりに無事に脱出できるようにした話 から、「難問を解決するための鍵」といった意味を持つ譬喩として用いられる。