第43回「SGIの日」記念提言㊦-2
2018年1月27日
先月、ノルウェーの首都オスロの市庁舎で行われた、
ICANへのノーベル平和賞の授賞式。
ICANの国際パートナーであるSGIも招へいを
受けて代表が出席した
シミュレーションでの仮想の地図では「赤い点」の増加だけで
済むかもしれませんが、実際に核攻撃の応酬が始まってしまえば、
どれだけ多くの尊い命が失われ、人間生活の営みが破壊されることになるのか。
SGIがICANと協力して制作した「核兵器なき世界への連帯」展で浮き彫りにしようとしたのは、まさにその
点でした。
展示の冒頭では、「あなたにとって大切なものとは?」と問いかけます。
一人一人の胸に浮かぶものは違っても、核兵器はその「大切なもの」を根こそぎ奪うものに他ならないという現実
と真正面から向き合うことが、核時代に終止符を打つための連帯の礎になると信じるからです。
核抑止政策がキューバ危機での双方の挑発のエスカレートをぎりぎりまで止められなかったように、“恐怖の均衡”
はいつ何時、誤解や思い込みで破綻するかわからない、薄氷を踏むものでしかないことを、核保有国と核依存国の
指導者は肝に銘じるべきです。
2002年にインドとパキスタンの緊張が高まった時も、両国が踏みとどまった背景にはアメリカの外交努力があ
りました。
仲裁に入ったアメリカのコリン・パウエル国務長官は、パキスタンの首脳に電話し、「あなたも私も核など使えな
いことはわかっているはずだ」と自重を促しました。
その上で、「1945年8月の後、初めてこんな兵器を使う国になるつもりなのか。もう一度、広島、長崎の写真
を見てはどうか」と話すと、パキスタン側は説得に応じました。
また、インド側に働きかけた時も同様の反応が得られ、危機を回避することができたというのです(「朝日新聞」
2013年7月10日付の記事を引用・参照)。
以上、歴史の教訓をいくつか振り返ってきましたが、核戦争を防止する上で重要な楔となってきたのは、“恐怖の
均衡”による抑止というよりはむしろ、まったく別の要素であったとはいえないでしょうか。
一つは、敵対する国に対して門戸を閉ざさず、あらゆる角度から対話の道を探るなどコミュニケーション(意思疎
通)の回路を確保しようとする努力であり、もう一つは、広島や長崎の惨劇を踏まえて多くの民衆の犠牲が生じる
ことに思いをはせることにあったのではないかと、感じられてならないのです。
立場を超えて建設的な議論を
本年4月から5月にかけてNPT再検討会議の準備委員会が行われ、核軍縮に関する国連ハイレベル会合が5月に
開催されます。
核兵器禁止条約の採択後、核保有国や核依存国も交えての初の討議の場となるものであり、「核兵器のない世界」
に向けた建設的な議論が行われるよう、強く呼び掛けたい。
その場を通して、2020年のNPT再検討会議に向けて各国が果たすことのできる核軍縮努力について方針を述
べるとともに、核兵器禁止条約の7項目にわたる禁止内容について、実施が今後検討できる項目を表明することが
望ましいと考えます。
例えば、「移譲の禁止」や「新たな核保有につながる援助の禁止」は、NPTとの関連で核保有国の間でも同意で
きるはずです。
また核依存国にとっても、「核兵器の使用と威嚇の禁止」や、そうした行動につながる「援助・奨励・勧誘の禁止」
が、自国の安全保障政策にどう関係してくるのかを検討することは可能だと思います。
国際法は、条約のような“ハード・ロー”と、国連総会の決議や国際的な宣言などの“ソフト・ロー”が積み重ねられ、
補完し合う中で実効性を高めてきました。軍縮の分野でも、包括的核実験禁止条約(CTBT)において、条約に
批准していない場合に個別に取り決めを設けて、国際監視制度に協力する道が開かれてきた事例があります。
核兵器禁止条約においても、署名や批准の拡大を図る努力に加えて、こうした“ハード・ロー”と“ソフト・ロー”の
組み合わせのように、署名や批准が当面困難な場合であっても、宣言や声明という形を通じて各国が実施できる項
目からコミットメント(約束)を積み上げていくべきではないでしょうか。
何より核兵器禁止条約は、NPTと無縁なところから生まれたものではありません。条約採択の勢いを加速させた
核兵器の非人道性に対する認識は、2010年のNPT再検討会議で核保有国や核依存国を含む締約国の総意とし
て示されていたものに他ならず、核兵器禁止条約は、NPT第6条が定めた核軍縮義務を具体化し、その誠実な履
行を図っていく意義も有しているからです。
広島と長崎の被爆者の思い
私が創立した戸田記念国際平和研究所では、昨年11月、協調的安全保障をテーマにした国際会議をロンドンで開
催しました。
会議では、停滞が続く核軍縮を前に進めるための課題を検討するとともに、NPTと核兵器禁止条約の二つの枠組
みが補完し合う点について討議しました。
また来月には東京で国際会議を行い、日本や韓国、アメリカや中国から専門家が参加し、北朝鮮情勢や北東アジア
の平和と安全保障を巡って打開策を探ることになっています。
核軍縮の停滞に加え、核兵器の近代化が進み、拡散防止の面でも深刻な課題を抱える今、「NPTの基盤強化」と
「核兵器禁止条約による規範の明確化」という二つのアプローチの相乗効果で、核兵器による惨劇を絶対に起こさ
せない軌道を敷くべきではないでしょうか。
その意味で、唯一の戦争被爆国である日本が、次回のNPT再検討会議に向けて核軍縮の機運を高める旗振り役に
なるとともに、ハイレベル会合を機に核依存国の先頭に立つ形で、核兵器禁止条約への参加を検討する意思表明を
行うことを強く望むものです。
先のパウエル氏の言葉に敷衍して言えば、“1945年8月の後、核兵器が使用されるかもしれない事態が生じた
時、それを容認する国に連なることができるのか”という道義的責任から目を背けることは、被爆国として決して
できないはずだからです。
禁止条約の基底には、どの国も核攻撃の対象にしてはならず、どの国も核攻撃に踏み切らせてはならないとの、広
島と長崎の被爆者の切なる思いが脈打っています。被爆者のサーロー節子さんも、「思い出したくない過去を語り
続ける努力は、間違いでも無駄でもなかった」(「中国新聞」2017年11月25日付)との感慨を述べていま
した。
日本は昨年、次回のNPT再検討会議に向けた第1回準備委員会で、「非人道性への認識は、核兵器のない世界に
向けての全てのアプローチを下支えするもの」と強調しましたが、日本の足場は“同じ苦しみを誰にも味わわせては
ならない”との被爆者の思いに置かねばならないと訴えたいのです。
平和・軍縮教育を市民社会で推進
核兵器禁止条約に関し、もう一つ呼び掛けたいのは、市民社会の連帯を原動力に条約の普遍性を高めていくことで
す。
核兵器禁止条約の意義は、一切の例外なく核兵器を禁止したことにありますが、その上で特筆すべきは、条約の実
施を支える主体として国家や国際機関だけでなく、市民社会の参画を制度的に組み込んでいる点です。
条約では、2年ごとの締約国会合や6年ごとに行う検討会合に、条約に加わっていない国などと併せて、NGO
(非政府組織)にもオブザーバー参加を招請するよう規定されています。 これは、世界のヒバクシャをはじめ、
条約の採択に果たした市民社会の役割の大きさを踏まえたものですが、同時に、核兵器の禁止と廃絶は、すべての
国々と国際機関と市民社会の参画が欠かせない“全地球的な共同作業”であることを示した証左といえましょう。
また条約の前文では、平和・軍縮教育の重要性が強調されています。
この点は、私どもSGIが、国連での交渉会議に提出した作業文書や、交渉会議における市民社会の意見表明の中
で繰り返し訴えてきたものでもありました。 核兵器の使用が引き起こす壊滅的な人道上の結末に関する知識が、
世代から世代へと継承され、維持されるためには、平和・軍縮教育が不可欠であり、それが禁止条約の積極的な履
行を各国に促す土台ともなると考えるからです。
そこでSGIとして、核兵器禁止条約の早期発効と普遍化の促進を目指し、「核兵器廃絶への民衆行動の10年」
の第2期を本年から新たに開始することを、ここに表明したい。
昨年までSGIは、「核兵器廃絶への民衆行動の10年」のキャンペーンを進めてきました。
これは、私が2006年8月に発表した国連提言での呼び掛けを踏まえ、戸田第2代会長の「原水爆禁止宣言」発
表50周年を機に、2007年9月に開始したものです。 ICANと協力して「平和への願いをこめて――
広島・長崎 女性たちの被爆体験」と題するDVD(5言語版)を制作し、証言映像で核兵器と戦争の悲惨さを訴
えてきたほか、先に紹介した「核兵器なき世界への連帯」展を19カ国81都市で開催してきました。
また、2010年のNPT再検討会議に寄せて核兵器禁止条約の制定を求める227万人の署名を提出したのに続
き、2014年には核兵器廃絶のキャンペーンに協力し、512万人を超える署名を集めました。
そのほか、多くの団体と連携して「核兵器廃絶のための世界青年サミット」を2015年に広島で開催するととも
に、核兵器の人道的影響に関する国際会議や、国連での核兵器を巡る一連の討議と交渉会議に参加し、市民社会の
声を届けてきたのであります。
このような活動を通し、核兵器の非人道性を議論の中軸に据える後押しをしながら、核兵器禁止条約の交渉を求め、
「核兵器のない世界」を求める多くの民衆の思いに立脚した、いかなる例外も認めない全面禁止を定めた条約の制
定を訴え続けてきました。
「非核」の民意を世界地図で表す
これまでの「民衆行動の10年」の最大の焦点は、核兵器禁止条約の制定にありました。
本年から開始する「民衆行動の10年」の第2期では、平和・軍縮教育の推進にさらに力を入れながら、核兵器禁
止条約の普遍化を促し、禁止条約を基盤に世界のあり方を大きく変えていくこと――具体的には、禁止条約を支持
するグローバルな民衆の声を結集し、核兵器廃絶のプロセスを前に進めることを目指したいと思います。
平和首長会議への加盟が162カ国・地域の7500以上の都市に達しているように、「核兵器のない世界」を求
める声は、核保有国や核依存国の間でも広がっています。 またICANの活動に賛同するNGOも、世界で
468団体に及んでいます。
私は、核兵器禁止条約の普遍性を高めるには、各国の条約参加の拡大を市民社会が後押しするとともに、グローバ
ルな規模での市民社会の支持の広がりを目に見える形で示し続けることが、大きな意義を持つと考えます。