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〈この一節を胸に行学に励む〉 テーマ 油断を排す

2017年12月19日

「昨日より今日」との決意で 強盛な信心を奮い起こし前へ

 年末を迎えて、何かと慌ただしい日々が続きます。日蓮大聖人は折々に、門下に対して油断を排し、用心するよ

うに訴えられています。今回は無事故を勝ち取り、人生を勝利していくための要諦として、油断を排す重要性につ

いて確認します。

 

〈Q〉御書には「用心」という言葉が何度も出てくるそうですね。

〈A〉強い警戒心を持って進む中で、勝利の人生が開けます。

 『さきざき申すがごとく・さきざきよりも百千万億倍・御用心あるべし』

(四条金吾殿御返事、御書1169ページ)

 日蓮大聖人の門下である四条金吾は、正しき信仰ゆえに同僚から讒言され、冤罪によって所領没収の危機に陥る

という窮地に追い込まれました。しかし、大聖人の指導通りに、信心根本に慎重な行動を重ねた結果、最後は逆に、

それまでの3倍の所領を主君から授かりました。

この間、大聖人は金吾を折々に激励されています。その中には「かまへて・かまへて御用心候べし」(御書1133

ページ)、「よるは用心きびしく」(同1164ページ)など、「用心」の重要性を訴えられたお手紙も少なくあ

りません。

大聖人は金吾の振る舞いについても、こまやかに指導され、「あなたは短気であるから、火の燃えるようなところ

がある。必ず人に足をすくわれるであろう」(同1169ページ、通解)と仰せになり、「前にも申したように、

以前よりも百千万億倍、用心していきなさい」(同ページ、通解)と、格段の注意を促されています。

大聖人は弟子を勝たせるために、強い警戒心を持って進む重要性を訴えられました。そして、この指導を忠実に守

り、信心を実践したゆえに、四条金吾は勝利の人生を開くことができたのです。

 

〈Q〉信心に励んでさえいれば、大丈夫ですね。

〈A〉信心をしているからこそ十分に注意を払っていくことが大事です。

 『敵と申す者はわすれさせてねらふものなり』

(四条金吾殿御返事、御書1185ページ)

 池田先生は常々、「信心しているから守られるという安易な考えは絶対に禁物です。油断であり、無責任です。

信心しているからこそ、模範となるよう十分に注意し用心していく。それでこそ守られるのです」と語られていま

す。

広宣流布とは、魔との壮絶な戦いです。ゆえに、どんなに懸命に頑張り抜いてきても、少しでも前進の歩みが止ま

れば、魔に付け入る隙を与えてしまうことになります。

重要なのは、常に自身の心に巣くう油断を排していくことです。

日蓮大聖人は、敵に狙われていた四条金吾に対して、「およそ敵というものは、(その存在を)忘れさせて狙うも

のである」(御書1185ページ、通解)と仰せになっています。同時に大聖人は、“旅に出る際は、丈夫な、よい

馬に乗るように”などと具体的な心遣いをされています。

“これまで問題がなかったから、今回も大丈夫だろう”という過信や油断、慢心から、事故は起きます。

「絶対に事故は起こさない!」と決めて、人一倍の注意力を傾けて行動していく中でこそ、無事故は勝ち取れます。

また、周囲に対して具体的に注意を呼び掛けていくことも、事故を防ぐ道なのです。

 

〈Q〉障魔を打ち破る鍵を教えてください。

〈A〉日々、弛みない信心の実践を貫くことです。

 『海上を船にのるに船おろそかにあらざれども・あか入りぬれば必ず船中の人人一時に死するなり、なはて堅固

 なれども蟻の穴あれば必ず終に湛へたる水のたまらざるが如し』

(阿仏房尼御前御返事、御書1308ページ)

 日蓮大聖人は、阿仏房の夫人である千日尼に、次のように仰せです。

「(たとえば)海上を船に乗って行くのに、船は粗悪でなくても、水が入ったならば必ず船は沈み、船中の人々は

一時に死ぬのである。また、畷は堅固であっても、蟻の穴があればたたえた水が結局は溜まらないようなものであ

る」(御書1308ページ、通解)

頑丈な船でも、水が入れば、やがては沈んでしまいます。また、どんなに堅固な田のあぜでも、小さな穴が一つで

もあれば、水が溜まることはありません。

同様に、謗法や不信が少しでもあれば、その小さな隙間から「魔」が入り込み、信心が崩されていきます。

別の御書に「すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし」(1190ページ)と仰せのように、大事なのは、私た

ち一人一人が、月々日々に信心を強めて、前進していくことです。

池田先生は「『もう、これくらいでいいだろう』という『たゆむ心』『弱い心』では、魔に負けてしまう」と語ら

れています。

魔に付け入る隙を与えないためにも、私たちは常に、“昨日よりも今日”との決意で強盛な信心を奮い起こし、「弛

みない信心」の実践を貫いていくことが大事なのです。

 

〈智慧の扉〉 仏法は生活法

 御書には「一切の法は皆是れ仏法なり」(564ページ)、「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」

(1070ページ)等とあります。これは、現代でいえば「信心即生活」「仏法即社会」ということに当たります。

初代会長の牧口常三郎先生は、「仏法は生活法」と語られました。私たちの信仰は、どこまでも「道理」にかなっ

た実践であり、正しき「生活法」です。信心根本に仕事に励み、家庭生活を送る中で、自身を高めていくことがで

きます。

反対に不節制な生活を送り無理を続ければ、健康を害し、生活を壊してしまいます。生活に根差した、地道な実践

の先に勝利はあるのです。

 

 

 

 

 

 

 

 


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