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〈世界写真紀行〉第28回 国際都市・香港

2017127

 

   香港島を東西に走るトラム。

   車体に広告が描かれた、2階建ての路面電車だ。

   人々の移動手段として活躍する、

   香港の“顔”の一つである

 

紺碧の海がまぶしいビクトリア港。両岸の九龍半島と香港島には、

近代的な高層ビル群が、競い合うように天へと伸びていた。

より高く、どこまでも上へ上へ!

東洋と西洋、過去と現在が交わる国際都市・香港の発展の象徴である。

香港は今年、アメリカのシンクタンクが発表した「経済自由度指数」で23年連続、スイスのビジネススクール

による「世界競争力ランキング」で2年連続の第1位に輝いた。

その力強い経済成長とともに、アジアを代表する観光都市としても注目を集める。

香港島のビクトリア・ピークから望む「100万ドルの夜景」。インスタグラム(写真共有アプリ)でも話題と

なった超密集アパート。

さらに、グルメや買い物など、魅力いっぱいの”旭日の港”には、毎年、海外から2000万人をはるかに超える

観光客が訪れる。

ちなみに、人口約730万人。世界屈指の人口密度を誇る香港は、常に多くの人でにぎわっているのだ。

まさに、アジアの玄関となった香港を、池田先生が初めて訪問したのは、56年前の1961年1月28日。

夜には座談会に出席した。

先生は自らの筆による「純心」の文字を染め抜いた袱紗を手渡し、参加者と質問会を。「生命はなぜ永遠なのか」

との問いに丁寧に答えつつ、集った十数人に呼び掛けた。

その様子が、小説『新・人間革命』第3巻「仏法西還」の章につづられている。

「永遠の生命といっても、いっさいは『今』にあります。過去も未来も『今』に収まっている。ゆえに、この一瞬

を、今日一日を、この生涯を、感謝と歓喜をもって、広宣流布のために、力の限り生き抜いていってください」

そして、アジアで初となる地区の結成が発表されると、場内は賛同と感動の拍手に包まれた。

翌日、先生は同志の案内で香港を視察。未来へ伸びゆく街の勢いを感じながら、恩師・戸田城聖先生が夢見た東洋

広布に思いをはせた。不二の師弟の仏法西還の旅路は、ここから始まったのである。

以来、先生の香港訪問は、実に20度を数える。

84年12月、「中英共同声明」が発表され、イギリス領だった香港は、97年7月1日をもって、中国に返還さ

れることが決まった。

社会には不安が渦巻き、海外への移民ブームも起きた。

その中で先生は、返還前後の91年から98年まで、8年連続で香港へ。変換直前の97年2月には、「SGI総

会」や100ケ国の友による第16回「世界青年平和文化祭」が香港で開催された。

永遠の指針となる長編詩「『栄光の都市』香港の旭日」を贈ったのも、この時である。

その一節には、こうある。

 「さあ 出発だ!

  帆を上げよう

  新しき航海には

  不安もあろう

  しかし

  恐れるものなど何もない

  人も変わる

  社会も変わる

  時代も変わる

  すべては変化の連続だ」

変換から20年――。

あらゆる波浪を乗り越えた”人間主義の宝島”には、新たなる地涌の人材群が陸続と踊り出ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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