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〈世界写真紀行〉第27回 

メキシコ市の街並み

2017122

 

メキシコ市中心部のレフォルマ通りにそびえる独立記念塔。近代的なビルが木々の緑と調和する。

日本から飛行機で約13時間。“はるか遠い異国”なのに、その名は、どこか親しみや懐かしさを感じさせる。

中米メキシコの首都メキシコ市。

緯度的には熱帯に属すが、標高2000メートルの高地にあるため、一年を通して温暖で過ごしやすい。

ラテンアメリカ第3の都市で、中心部は近代的なビルが立ち並ぶ一方、独立記念塔などの記念碑や歴史的建造物も

数多く残る。

日本とメキシコの関係は深い。1888年、近代日本が初めて平等条約を締結した国がメキシコだった。97年に

は、明治政府が三十数人の移民団を同国に送っている。ラテンアメリカで初となる日本人の組織的な移住だった。

1965年8月17日、池田大作先生が初めてメキシコを訪問した。

飛行機の窓から見えるメキシコ市の街並み。先生は恩師・戸田先生をしのんだ。

――58年3月、病床にあった戸田先生は、池田先生に語った。

「昨日は、メキシコへ行った夢を見たよ」「待っていた、みんな待っていたよ。日蓮大聖人の仏法を求めてな。行

きたいな、世界へ。広宣流布の旅に……」

そして、独立記念塔をはじめ、本などを通して知ったメキシコ市の景観を、池田先生に語って聞かせたのである。

世界広布を熱願した戸田先生の心をわが心として、池田先生は世界へ雄飛した。

メキシコに到着した翌日、先生の一行は市内を視察。大通りを歩き、独立記念塔を仰いだ。

その夜、先生は、宿舎を訪ねてきたメキシコの学会のリーダーと懇談した。この時の様子が、小説『新・人間革命』

第10巻「幸風」の章につづられている。

”メキシコに移り住んで40年、その人と社会に魅了された”という友の言葉にうなずきつつ、山本会長は語った。

「大切なことですね。自分のいるところが好きにならなければ、そこで、使命を果たし抜いていくことはできませ

ん。いやだなという思いがあれば、どこかへ行きたい、日本へ帰りたい、という心が働き、すぐに逃げ腰になって

しまい、本当の仕事はできないものです。自分が、そこを好きになれる”良さ”を見つけることから、価値の創造は

始まっていくといえます」

さらに広布を託す師の期待に触れ、友は立ち上がった。この3年後、創価の陣列は25倍に拡大。池田先生はその

後もメキシコを訪れ、友を励まし続けた。

メキシコの同志は今、人間主義の哲学を社会に語り広げるとともに、社会貢献の模範と輝く。本年9月に起きたメ

キシコの大地震においても、友は地域住民と連携し、物資の配布や避難場所の運営に当たるなど、救援活動に力を

尽くした。

広宣流布といっても、わが家庭・わが職場・わが地域を愛することから始まる。その思いは、”今いる場所こそ最

高の舞台”と確信することでさらに深まっていくだろう。

何があろうと、ここに栄光の旗を打ち立てる。今ここから”私自身の広宣流布”を進める――こうした、環境に負け

ない”攻めの姿勢”から、人間革命と価値創造の道が開かれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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