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暁鐘 七十一

 中華料理店にあった『聖教グラフ』は、太田美樹が、学会のすばらしさを知ってほしく

て、オーナーや従業員に見せるために渡したものであった。

従業員の一人が、山本伸一に言った。

「ヤマモト・センセイのことは、いつも太田さんから聞かされ、グラフの写真も見ていま

すので、よく知っていますよ。お会いできて嬉しいです」

伸一は、皆と握手を交わし、自分たちが宿泊しているホテルの名前を告げて別れた。

この日、太田は旅行から帰り、中華料理店に土産を持って立ち寄ったところ、伸一たち一

行が訪ねて来たことを知らされたのだ。

“創価学会の会長である山本先生が、全く面識のない自分を訪ねて来るわけがない”と半信

半疑であったが、ともかく一行が宿泊しているホテルへ向かった。

伸一は、妻の峯子とともに、太田を温かく迎えた。ここで彼女は、カナダ人の男性から求

婚されており、どうすべきか迷っていることを話した。

伸一は、励ました。

――幸福は彼方にあるのではなく、自分の胸中にあり、それを開いていくのが信心である。

強盛に信心に励んでいくならば、いかなる環境であろうが、必ず幸せになれる、と。

「だから、どんなに辛いことがあっても、決して退転しないということです。世界中、ど

こに行ったとしても、着実に、謙虚に、粘り強く、最後まで信心を貫いていくことです」

幸福は、広宣流布の道にこそある。

太田は、数年後に、その男性と結婚して、カナダに渡ったのである。

伸一は、今はミキ・カーターと名乗るようになった彼女と、夫、その子息であるスキー場

の支配人と語り合った。

彼は、婦人が、あの時の指導を胸に、信心を貫いてきたことが、何よりも嬉しかった。

十七年前に植えた種子が、風雪の時を経てカナダで花開いていたのだ。励ましという種子

を植え続けてこそ、広布の花園は広がる。

 

 

暁鐘 七十二

 山本伸一は、ミキ・カーターに語った。

「これからも、水の流れるごとく、信心に励み抜いてください。一生成仏の要諦は信心の

持続にあります。ゆえに、日蓮大聖人は、『受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成

仏は持つにあり』(御書一一三六ページ)と仰せなんです。広宣流布という理想に向かい、

人びとの幸せのために生きていってください。そこに自身の幸せもあるんです」

カナダの作家モンゴメリは、記している。

「理想があるからこそ、人生は偉大ですばらしいものになる」(注)

翌二十四日、伸一はトロント市内のキング・ストリート・ウエストにあるトロント会館を

訪問した。百五十人ほどの代表と勤行し、皆の健康と幸福を祈念するとともに、「自信と

希望と勇気をもって、『生涯、不退転』を合言葉に進んでいただきたい」と訴えた。

このあと伸一は、メンバーと一緒に、ナイアガラ瀑布を見学した。

二十一年前にも、ここを訪れていたが、轟音とともに水煙を上げて落下する瀑布の景観は、

いつ見ても雄壮そのものであった。彼は、しばし見入り、写真にも収めた。

伸一の脳裏に、あの日、この滝に懸かる虹を見ながら思ったことが、鮮やかに蘇った。

――満々たる水が、絶え間なく流れ、勢いよく落下し続けているからこそ、水煙が上がり、

太陽に照らされれば虹が懸かる。同様に広宣流布の道にあっても、胸中に満々たる闘志を

たたえ、日々、間断なき前進を続ける人には、生命の躍動があり、その頭上には、常に希

望の虹が輝く。

彼は、たった一人から発展を遂げたカナダ広布の虹のスクラムを思いながら、「行動即歓

喜」であり、「行動即希望」であると、しみじみと実感するのであった。

さらに一行は、カナダ独立のヒロインと仰がれるローラ・セコールの家も訪ねた。

ナイアガラ瀑布から十五キロほどのところに、歴史の舞台となった、その家はあった。

   小説『新・人間革命』の引用文献

    注 L・M・モンゴメリ著『アンの青春』松本侑子訳、集英社

 

 

暁鐘 七十三

一八一三年、アメリカとイギリスの間で、英領北アメリカ(後のカナダの一部)をめぐっ

て、戦争が続いていた。ローラ・セコールの住むクイーンストンも激戦地となり、夫は英

軍として戦い、負傷してしまう。セコールの家は米軍に徴用され、士官の宿舎として使わ

れた。そんなある日、彼女は、たまたま、米軍が英軍を急襲する計画を聞いてしまった。

作戦が成功すれば、ナイアガラ半島は米軍の手に落ちてしまう。

“なんとしても、この情報を英軍に伝えなければ!”

しかし、英軍の基地までは三十キロ以上も離れている。夫の傷は、まだ癒えていない。

ローラは、自ら、この情報を伝えに行くことを決意する。道なき森を必死に進んだ。しか

も敵地である。女性が一人で踏破するには、どれほどの不安と困難があったことか。

彼女の、この貴重な情報によって、英軍は、奇襲攻撃に対して万全な備えをし、米軍に勝

利することができたのである。

命がけの行動で危機を救ったローラであったが、長らく、その功績が知られることはなか

った。戦争で不自由な体となった夫が他界したあとも、彼女は、社会の荒波と戦い続けて

きた。

ローラ・セコールに、光が当てられたのは、一八六〇年に、イギリス皇太子のアルバート

・エドワード(後のエドワード七世)が、カナダを訪れた時、彼女の奮闘を聞いてからと

いわれる。ローラは既に八十五歳になっていた。その後も、九十三歳で世を去るまで、つ

ましい生活は変わらなかった。

彼女の家は、木造の白い小さな二階建てであった。一九七二年(昭和四十七年)に改装さ

れているというが、レンガ造りの暖炉や煙突、また、手織機などが、質素な往時の生活を

偲ばせた。伸一は、深い感慨を覚えながら、同行のメンバーに語った。

「一人の女性の働きが、結果的にイギリス軍を守り、カナダを守った。まさに『必死の一

人は万軍に勝る』だ。一人が大事だね」

 

 小説『新・人間革命』の主な参考文献

 注 Janet Lunn著『Laura Secord : a story of

       courage』Tundra Books

 

 

暁鐘 七十四

 山本伸一は、隣にいた妻の峯子に言った。

「ローラ・セコールの生き方は、学会の婦人部に似ているね。彼女は、英軍を救うために

恐れなく、勇敢に行動した。そこには、強い信念と勇気がある。しかも、大功労者であり

ながら、威張ったり、権威ぶったりするのではなく、夫を支え、また、母として黙々と子

どもたちを育てていった。まさに婦人部の生き方そのものだね」

峯子が、笑顔で大きく頷きながら答えた。

「本当にそうですね。歴史が大きく動いていった陰には、女性の努力や活躍が数多くあり

ますが、そこに光が当たることは少ないんですね」

それを受けて、伸一は、同行のメンバーに向かって語った。

「私も、その通りだと思う。だから私は、どこへ行っても、民衆、庶民のなかのヒーロー、

ヒロインを、草の根を分け、サーチライトで照らすようにして探し出そうとしているんだ

よ。無名でも、人びとの幸福と平和のために、一身を捧げる思いで、広宣流布に尽力して

くださっている方はあまりにも多い。不思議なことです。まさしく、地涌の菩薩が、仏が

集ったのが創価学会であるとの確信を、日々、強くしています。

私は、その方々に光を当て、少しでも顕彰していこうと、各地で功労の同志の名をつけた

木を植樹したり、また、各地の文化会館等に銘板をつくって、皆さんの名前を刻ませてい

ただいたりしてきたんです。

幹部は、決して、学会の役職や、社会的な地位などで人を判断するのではなく、誰が広宣

流布のために最も苦労し、汗を流し、献身してくださっているのかを、あらゆる角度から

洞察し、見極めていかなくてはならない。そして、陰の功労者を最大に尊敬し、最高に大

切にして、賞讃、宣揚していくんです。

つまり、陰で奮闘してくださっている方々への、深い感謝の思いがあってこそ、組織に温

かい人間の血が通うんです。それがなくなれば、冷淡な官僚主義となってしまう」

 

 

暁鐘 七十五

誰からも、賞讃、顕彰をされることがなくとも、仏法という生命の因果の法則に照らせば、

広宣流布のための苦労は、ことごとく自身の功徳、福運になる。仏は、すべて見通してい

る。それが「冥の照覧」である。

したがって、各人の信心の在り方としては、人が見ようが見まいが、自らの信念として、

すべてを仏道修行ととらえ、広宣流布のため、法のため、同志のために、勇んで苦労を担

い、奮闘していくことが肝要である。

そのうえで幹部は、全同志が喜びを感じ、張り合いをもって、信心に励んでいけるように、

皆の苦労を知り、その努力を称え、顕彰していくために心を砕いていくのだ。

山本伸一たちは、ローラ・セコールの家の庭に出た。そこでも語らいは続いた。

「英軍の勝利は、ローラという、一婦人、一民衆の命がけの協力があったからです。同様

に、すべての運動は、民衆の共感、賛同、支持、協力があってこそ、成功を収める。広宣

流布を進めるうえでも、常に周囲の人びとを、社会を大切にし、地域に深く根を張り、貢

献していくことが大事だ。

したがって、日々の近隣への配慮や友好、地域貢献は、広宣流布のための不可欠な要件と

いえる。社会、地域と遊離してしまっては、広布の伸展などあり得ない。

また、彼女は、負傷した夫の面倒をみながら、子どもたちを育てている。人間として大切

なことは、生活という基本をおろそかにしない、地に足の着いた生き方だ。それが民衆の

もつ草の根の強さだ。そして、その人たちが立ち上がることで、社会を根底から変えてい

くことができる。

それを現実に成し遂げようとしているのが、私たちの広宣流布の運動だ。その最大の主人

公は婦人部だよ」

伸一は、こう言って、テルコ・イズミヤに視線を注いだ。彼女は、大きな黒い瞳を輝かせ、

笑みを浮かべて頷いた。伸一の、この訪問によって、カナダは世界広布の新章節へと、大

きく羽ばたいていったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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