• ただいま、Word Press 猛烈習熟訓練中!!
Pocket

暁鐘 五十六

 山本伸一は、御書を拝し、指導していった。  

「御聖訓には『我等が生老病死に南無妙法蓮華経と唱え奉るは併ら四徳の香を吹くなり』

(御書七四〇ページ)とあります。宿命の暗雲に覆われ、不幸に泣いて生きねばならない

人もいる。いや、多くがそうかもしれない。  

しかし、私どもは、南無妙法蓮華経と唱えることによって、常楽我浄の香風で、その苦悩

の暗雲を吹き払っていくことができる。  

また、『南無妙法蓮華経は歓喜の中の大歓喜なり』(同七八八ページ)です。人生には、

いろいろな楽しみがあるでしょう。しかし、自身が仏であると覚知し、南無妙法蓮華経と

唱えていくことこそが、歓喜のなかの大歓喜であるとの御断言です。  

欲しいものを手に入れたり、名誉や名声を得たりする喜びは、外からのものであり、その

喜びは一瞬にすぎず、決して永続的なものではありません。  

それに対して、唱題に励むならば、自身の生命の大宮殿が開かれ、心の奥底から、泉のご

とく、最高の喜びの生命、すなわち大歓喜が湧き出でてきます。しかも、いかなる試練に

さらされ、逆境に立たされようが、その歓喜の泉が涸れることはありません。  

さらに、御書には『真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり』

(同一一七〇ページ)とあります。南無妙法蓮華経と唱える私どもを、諸天善神は、三世

十方の諸仏は必ず守ると約束されている。

したがって、題目を唱え抜いていくことが、かなる難も防ぐ秘術となり、それによって

人生の最高の幸福を満喫して生きることができる。  

御本尊とともに、唱題とともに生き抜いていくなかに、最高の所願満足の人生があること

を確信して、仏道修行に励み、自らの生命を磨いてください。人の言動に右往左往したり、

一喜一憂したりするのではなく、唱題に徹して、『私は題目が大好きである』といえる皆

さんであってください」  

「唱題の人」とは、晴れ渡る青空の心の人であり、大歓喜の人、幸福の人である。

 

 

暁鐘 五十七

十九日の午後、ニューヨーク州のグレンコーブ市で、山本伸一が出席して、ノース・イ

スタン方面代表者の集いが開催された。

この日、メンバーはニューヨークをはじめ、ボストン、フィラデルフィア、さらにはカナ

ダとの国境の町からも駆けつけ、二百人ほどが集ったのである。

会場の建物は、御本尊を安置した部屋が狭いために、幾つものグループに分かれて勤行を

行い、いずれも伸一が導師を務めた。

さらに、緑陰で懇談会がもたれた。彼は、額に汗を浮かべながら、メンバーの輪の中へ入

り、次々と声をかけていった。

少し沈んだ顔の婦人を見ると、こう言って励ました。

「信心を貫いていけば、いかなる苦悩の闇も払い、幸福な人生を送っていけることは間違

いありません。しっかり唱題し、学会活動に励めば、あなたが太陽となって輝いていきま

す。一家を、地域を照らし出していけるんです。太陽に涙は似合いません。朗らかな、微

笑みの人になってください」

懇談に続いて、皆で軽音楽を鑑賞した。

ニューヨークは、世界を代表する文化都市であり、メンバーにも著名な音楽家が多かった。

その世界的な奏者たちからなる軽音楽バンドが、「荒城の月」や「オーバー・ザ・レイン

ボー」(虹の彼方に)を演奏していった。

そうしたメンバーが、常に学会活動の第一線に立ち、家庭訪問などにも積極的に取り組み、

会合となれば、喜々として皆のためにイスを運んでいるという。

それを聞くと、伸一は言った。

「尊いことです。本当に嬉しい。これが真実の創価学会の姿です。御本尊のもとでは、

学会での役職も、社会的な地位や名誉も、いっさい関係ありません。仏道修行には特権階

級はない。全員が平等なんです。

苦労して信心に励んだ分だけ、宿命転換でき、幸せになれる。また、皆が等しく仏子とし

て敬い合っていくのが学会の世界です」

創価学会には、真の人間共和がある。

 

 

暁鐘 五十八

 午後一時に始まった代表者の集いに続いて、五時過ぎからは、三十人ほどの中心的なメ

ンバーと懇談会を行った。

席上、山本伸一は語った。

「ニューヨーク州では、『アイ・ラブ・ニューヨーク』をスローガンに掲げていると伺い

ました。わが街、わが地域を愛するというのは、すばらしいことです。その心から地域広

布も始まります」

そして、さらに、「アイ・ラブ・ニューヨーク創価学会」を、もう一つの合言葉として、

互いに尊敬、信頼し合って進んでほしいと訴えた。

そこに、広布推進の要件である“団結”をもたらす、カギがあるからだ。

このあとも伸一は、青年の代表と懇談した。皆、役員等として、運営にあたったメンバー

である。

青年たちの忌憚のない質問が続いた。指針がほしいとの要望もあった。彼は、次代を担う

若人の求道心にあふれた姿が嬉しかった。

実は、伸一はニューヨークに到着した翌十七日の朝から、アメリカの青年たちに、指針と

なる詩を贈ろうと、詩作に取りかかっていたのだ。青年と懇談した翌日の二十日朝には、

推敲も終わり、詩は完成をみた。

この日の午後、伸一は、ニューヨーク郊外のロングアイランドにある、大詩人ウォルト・

ホイットマン生誕の家を訪ねた。

伸一がパリからニューヨークに着いた十六日、青年たちから、ホイットマンについての評

論集と、その日本語訳が届けられた。そこに添えられた手紙に、「ホイットマンの生家を

ぜひ訪問してください」とあった。彼らの真心に応えたかったのである。

詩人の家は、樹木が茂り、青々とした芝生が広がるなかに立つ、質実剛健な開拓者魂を宿

すかのような二階建てであった。

伸一の脳裏にホイットマンの「開拓者よ! おお開拓者よ!」(注)の詩が浮かんだ。

それは、広布開拓の道を征く創価の精神にも通じる、気宇壮大な詩である。伸一も多くの

勇気を得てきた。優れた詩は力を呼び覚ます。

 

 小説『新・人間革命』の引用文献
 注 『ホイットマン詩集』白鳥省吾訳、彌生書房

 

 

暁鐘 五十九

 ホイットマンの生家の一階には、彼の生まれた部屋、応接間、キッチンがあった。

キッチンにはロウソク製造器やパン焼き器、大きな水入れ、天秤棒などが陳列され、原野

での自給自足の生活を偲ばせた。

二階の部屋には、数々の遺品が展示されていた。直筆原稿のコピー、肖像画、あの悲惨な

南北戦争当時の日記……。

詩集『草の葉』についてのエマソンの手紙もあった。形式を打破した、この革新的な詩は

当初、不評で、理解者は一握りの人たちにすぎなかった。そのなかでエマソンは、ホイッ

トマンの詩に刮目し、絶讃したのである。

先駆者の征路は、めざすものが革新的であればあるほど、険路であり、孤独である。過去

に類例のないものを、人びとが理解するのは、容易ではないからだ。われらのめざす広宣

流布も、立正安国も、人類史に例を見ない新しき宗教運動の展開である。一人ひとりに内

在する無限の可能性を開く、人間革命を機軸とした、民衆による、民衆自身のための、

時代、社会の創造である。

それが正しい理解を得るには、長い歳月を要することはいうまでもない。広宣流布の前進

は、粘り強く対話を重ね、自らの行動、生き方、人格をもって、仏法を教え示し、着実に

共感の輪を広げていく、漸進的な歩みであるからだ。しかも、その行路には、無理解ゆえ

の非難、中傷、迫害、弾圧の、疾風怒濤が待ち受けていることを知らねばならない。

ホイットマンは詠っている。

「さあ、出発しよう! 悪戦苦闘をつき抜けて!

決められた決勝点は取り消すことができないのだ」(注)

伸一にとってホイットマンは、青春時代から最も愛した詩人の一人であり、なかでも『草

の葉』は座右の書であった。

彼は、同書に収められた、この一節を信越の男子部員に贈り、広布の新しき開拓への出発

を呼びかけたことを思い起こした。

悪戦苦闘を経た魂は、金剛の輝きを放つ。

 

 小説『新・人間革命』の引用文献

 注 ウォルト・ホイットマン著『詩集 草の葉』富田砕花訳、第三文明社

 

 

暁鐘 六十

 ホイットマンは一八九二年(明治二十五年)三月、肺炎のため、七十二歳で世を去る。

聖職者による葬儀は行われず、友人たちが、仏典やプラトンの著作の一部を読み上げる

などして、彼を讃え、送った。宗教的権威による儀式の拒否は、詩人の遺志であった。

彼は『草の葉』の初版の序文に記した。

「新しい聖職者たちの一団が登場して、人間を導く師となるだろう」(注)と。

一九九二年(平成四年)三月、ホイットマンの没後百周年記念祭が挙行されることになり、

その招聘状が、アメリカのホイットマン協会から山本伸一のもとに届く。彼は、どうして

も出席することができないため、敬愛する民衆詩人ホイットマンに捧げる詩「昇りゆく太

陽のように」を作って贈った。そのなかで、こう詠んだ。

 

「誰びとも 他人の

 主人ではなく 奴隷でもない――

 政治も 学問も 芸術も 宗教も

 人間のためのもの

 民衆のためのもの――

 人種的偏見を砕き 階級の壁を破り

 民衆に

 自由と平等を分かち与えるために

 詩人は

 懸命に 力の限り うたいつづけた」

 さらに、彼は詠う。

 「わが胸にあなたは生きる――

 太陽のように

 満々たる闘志と慈愛をたたえ

 たぎりたつあなたの血潮が

 高鳴りゆくあなたの鼓動が

 私に脈打つ

 熱く 熱く 熱く……」

 

伸一は、ホイットマンの生家を見学しながら、アメリカ・ルネサンスの往時を偲んだ。

そして、“自分も、広宣流布という新たな生命のルネサンス運動を展開していくなかで、

生涯、人びとのために、励ましの詩を、希望の詩を、勇気の詩を書き続けよう”と、心に

誓ったのである。

  小説『新・人間革命』の引用文献

  注 ホイットマン著『草の葉』杉木喬・鍋島能弘・酒本雅之訳、岩波書店

 

 

 

 

 

 

 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください