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〈金秋のモスクワ 初訪露43年 池田先生の足跡をたどって〉㊦

20171020

 

    モスクワ大学のシンボルである

     高さ240メートルの壮麗な本館と、

     創立者ロモノーソフの像。

    池田先生は6度の訪露でいずれも、

     同大学を訪れている

                    (本年9月)

 

作家のチェーホフが、ゴーゴリ、ブルガーコフがいる。作曲家のショスタコービッチ、それにフルシチョフ、エリ

ツィンら、世界を揺るがした政治家たちも。

モスクワのノヴォデヴィチ墓地には、荘重な造りを施した墓石が並ぶ。著名人たちの墓に、国内外の多くの観光客

が集まっている。

そうした喧噪から離れた静かな場所に、一つの墓石があった。

「レム・ホフロフ」と刻まれたそれは、物理学者で、1973年から77年までモスクワ大学総長を務めた、ホフ

ロフ博士のものである。

「素朴と言われてもよい、ともかく人間に会うことだ。人間として、人間同士の友情を結ぶことだ」。

1974年9月8日、そう心に期してモスクワの土を踏んだ池田先生が、初めて出会った「人間」こそ、ホフロフ

総長であった。

「モスクワは今、金の秋を迎えました。最もよい季節です」。穏やかな笑みを絶やさず、鋭い知性を温厚な振る舞

いの中に包み込んでいた総長。

質実そのものの墓石が、そうした姿をしのぶのに、ふさわしいものに思えた。

77年、総長は登山中の事故で、51歳の若さで世を去った。池田先生は81年5月の3度目の訪露で、墓前に献

花し、エレーナ夫人の自宅を訪問。残された子息たちを励ましている。

総長との交友はわずか4年に過ぎなかったが、その4年を礎に、モスクワ大学と、池田先生が創立した創価大学と

の友情はログノフ総長、現サドーヴニチィ総長に引き継がれ、43年後の今、大きく花開いている。

その一つの証左が、モスクワ大学で行われた、池田先生に対する「国際グローバル研究アカデミー」正会員証の授

与であった。

授与は、世界50ケ国から1500人の学識者らが集まった国際会議「グーローバリスティクス2017」の初日

9月25日に行われた。

同会議はサドーヴニチィ総長が提唱し、隔年で開かれているもの。開催中、キャンパスの至るところに会議のポス

ターを見かけ、モスクワ大学が総力を挙げていることが伝わってきた。

しかし総長は、開会式であいさつすると、席をはずさざるを得なかった。総長が正会員を務める最高学術機関「ロ

シア科学アカデミー」の総裁選と重なったためである。

多忙を極める、その総長が、日も暗くなった後にわざわざ大学に戻り、本館に招いたのが、池田博正SGI副会長

(創大最高顧問)だった。

開口一番、総長は「創価大学は、わがモスクワ大学が日本で真っ先に交流を始めた大学の一つです。池田先生とは

長年にわたって交流し、対談集も出すことができました」と。

そして「創大は私たちにとって、”最優先”の大学なのです」と述べ、再訪への期待を語った。

総長は幾たびも創大を訪れており、直近の来訪は昨年12月15にち。プーチン大統領と時を同じくしての訪日だ

った。創大訪問の予定は、到着したその日の午後4時。ところが、飛行機の遅れと道路の渋滞が重なり、東京・八

王子市のキャンパスに着いた時間は午後7時半になった。予定行事のいくつかをキャンセルしても、驚くには当た

らない。

ところが総長は、予定通りに講演を行い、同大学に開設された「ロシアセンター」にも足を運んだ。大学を出発し

た時、午後9時を過ぎていた。

”創大は最優先の大学”—それが掛け値なしの言葉であることが分かる。

「ぜひ池田先生に、私の心からの敬意をお伝えください。(94年5月、モスクワ大学に)一緒に植えた白樺の木

も育っています。先生のご健勝とご長寿を、心から祈っています」

そう総長は、大学本館で池田SGI副会長に語るのだった。

モスクワ大学の正式名称は「M・V・ロモノーソフ記念モスクワ国立大学」という。

1955年に、43歳だったロモノーソフが創立に奔走した。帝政ロシアの時代にあって、”特権階級のためではな

い、全ての人に開かれた学びの場を” との理想を掲げた。

風当たりは強かった。開校式にも出席できなかった。最初は、小さな薬局を校舎に改装して使った。

「赤の広場」の北側に位置するその場所には、国立歴史博物館が立っている。建物の壁に、大学原点の地であるこ

とを示すレリーフが刻まれていた。

「雀が丘」にある現在のモスクワ大学は、一つの街と言っていいほどの、広大キャンパスを有する。

高さ240メートルの本館は圧倒的な存在感を持ち、モスクワを代表するクラシック建築の一つ。キャンパスには

ロモノーソフ棟という名の建物もある。

創立者と「建学の精神」を大事にしていることが、一目で分かる。

43年前、池田先生は本館のバルコニーに立ち、市内を一望しながら、ホフロフ総長に語った。

「創価大学は、まだ、誕生したばかりの小さな大学ですが、21世紀には、貴大学に匹敵する大学になって、世界

に貢献したいというのが、私の夢なんです」

ロモンーソフと同じ43歳で創大を開学して3年。まだ、卒業生もいなかった。

総長は応じた。「大学の意義は、決して大きさで決まるのではありません。創価大学には、全人類的価値を掲げる

すばらしい「建学の精神」があります。そこには、限りない未来があります。だからこそ私たちは、創価大学と真

剣にお付き合いしたいのです」

創価教育の世界的広がり。ロシアをはじめ、各国で活躍する創大卒業生。モスクワ大学と創大の、今も続く留学生

の往来ーー。それらを思う時、池田先生の間断なき行動への感謝とともに、ホフロフ総長の慧眼がしのばれてなら

ない。

  ◇

「モスクワに来られる時は、いつでもお会いしたい」——「正会員証」の授与翌日の9月26日、アレクセイ・ホ

フロフ副総長が、池田SGI副会長はじめ訪問団を本館迎えた。副総長は、レム・ホフロフ総長の子息である。

池田先生が81年、総長の墓参の後、夫人の自宅を訪ね、激励したのが若き日の副総長。以来、先生と3度の出会

いを重ねてきた。

「池田先生は偉大な方です。露日の友好、人的交流に長く貢献してこられた」「(初訪露された)74年が『原点』

です。私は何度も日本を訪れていますが、常に心掛けているのは、父の開いた道を確かに継承していくということ

なのです」

にこやかに語る副総長。時は移ろい、体制は変わっても、父から子へ、「心」は確かにつながっていた。

国際会議「グローバリスティクス2017」の期間中、モスクワ大学の植物園に入らせてもらった。

94年5月17日、サドーヴニチィ総長と池田先生が植えた白樺の木が、そこに立っている。

人の腰の高さほどだった若木は、厳寒に、吹雪に嵐に耐えて、大木に育っていた。緑の葉は黄色く色づきはじめ、

「金秋」の到来間近を告げていた。

白い木肌。風にさらさらと揺れる細い枝白樺は優しく、素朴で美しい。

しかし、弱いのではない。やせた土にも育ち、山火事などで荒れた土地にも、最初に姿を見せ、人々を癒してくれ

るのが、白樺の木であるという。

人間もまた、”しなやかな強さ”を持ちたい。相手を思う優しさが世界を結び、ひたむきに信念を語り抜く強さが、

社会を変えゆくことを信じたい。

モスクワ大学の白樺がそれを教えてくれた。

 

 

 

 

 


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