• ただいま、Word Press 猛烈習熟訓練中!!
Pocket

〈世界写真紀行〉第24回 北京・北海公園

2017929

 

北京の北海公園。瓊華島(けいかとう)に架かる橋を多くの

人が渡っている(9月9日、本社カメラマン撮影)。

きょうで国交正常化45年を迎えた日中の「金の橋」も、

100年、千年と、あまたの人が往来し、輝きを増して

いくに違いない

静かな湖面。抜けるような青空。時代は移れど、変わら

ぬ悠久の時が流れる。

北京・故宮博物院の北西に位置する北海公園。

千年ほど前につくられ、現存する中国最古宮廷庭園とされる。東京ドーム15個分にもなる広さの半分以上が、人

造の湖からなる。

清の名君・乾隆帝が南方の園林を模した芸術的意匠を施したのをはじめ、中華文明の粋を凝らした「庭の中の庭」

として歴代皇帝に愛された。

贅を尽くした庭園だが、今は人民に開かれ、地方からの観光客とおぼしき人の姿も多い。中国の人々にとっても、

ここは憧れの地であり、最高の憩いの場所なのだろう。

池田先生は5度目の訪中となった1980年(昭和55年)の4月24日、庭園の湖に浮かぶけい華島のレスト

ラン「彷膳飯荘」で鄧穎超女史と語り合った。

周恩来総理の夫人として激闘の日々に奔走した女史は、静かに、そして熱く、中日友好が世々代々続くことへの

願いを語った。総理の心を池田先生に託すように。

語らいの場を辞した後、池田先生は。にぎわう湖上の橋で一人の幼子を見つけた。膝を折り、目線を下げて”いつ

か日本へ”と優しく手を差し伸べる。さらに公園では、水色の服を着た子にも、素朴な親子らにも声を掛けた。

また、この訪中では、広東省の桂林と上海も訪れた。

雨が煙る桂林では、川の岸辺で遊んでいた子どもたちを招き、インスタントカメラで記念撮影を。「一生懸命に勉

強して、立派な人に」と、小さな人民服をまとった子たちを包んだ。

上海では、非行少年が学ぶ学校を視察。「この学校で、しっかり学ぶ抜いて、社会のために、自己自身のために勝

利してください。決して落胆せずに大成長し、必ず日本に来てください。忍耐だよ。負けてはいけないよ!」と。

同行したスタッフの一人は振り返る。「先生はどこに行っても、寸暇を惜しむように青少年を励まされました。ま

るで日本の未来部員に接するかのように。そして、指導者に対するのと変わらぬ誠実さで。その一つ一つの振る舞

いが脳裏に焼き付いています」

国家の要人であっても、名もなき少年少女であっても、たとえ国や言葉が違えど、一個の人間として真心で接し、

心に橋を架けていく。万代に続く信頼と友誼も、そこから始まる。ここに、「人間外交」の真髄があろう。

池田先生は語った。「私は中国を愛します。中国が大事です。同時に、人間を愛します。人類全体が大事なんです」

この訪中から37年。時代は大きく変わった。中国経済は著しく伸び、自転車の”洪水”だった北京の日常は、車の

”洪水”になった。

けれども、池田先生が一人一人の人間と誠実に語り合い、築き上げた「金の橋」は今も変わらない。否、後継の若

人たちが続き、いやまして輝きを放っている。

第5次訪中を終えた池田先生は、長崎の空港に降り立った。会長辞任からちょうど1年、初の本格的な地方指導の

第一歩をしるした。九州の後、関西、中部、東海道へ。

一人また一人と同志を励まし、共に世界平和のスクラムを広げゆく大長征が、今再び始まったのも、この時だった

のである。

 

 

 

 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください