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暁鐘 一

ドイツは、ヨーロッパの歴史を画した宗教改革の発祥の地である。  

十六世紀初め、聖職者の腐敗、教義の形骸化、教会の世俗化が進むなかで、ローマ教皇は

ドイツでの贖宥状(免罪符)の販売を許す。贖宥状を買えば、犯した罪の罰は赦免される

と宣伝され、売られていったのである。  

修道士のマルチン・ルターは、それに疑義をいだいた。救いは、どこまでも信仰によるも

のだ。彼は、「九十五箇条の論題(意見書)」を発表し、敢然と抗議の声をあげた。これ

が、宗教改革の新たな発火点となっていくのである。  

ルターは、ローマ教皇から破門されるが、信念を貫く。根本とすべきは聖書であるとし、

自ら聖書のドイツ語訳も行っていった。そして、万人祭司主義の立場を取り、神のもとに

人間は平等であると訴えたのである。  

山本伸一は、決意を新たにしていた。  

“ ルターの宗教改革から四百数十年。今、二十一世紀を前に、全人類を救い得る、人間の

ための宗教が興隆しなければならない ” 一九八一年(昭和五十六年)五月十六日午後八

時半(現地時間)、伸一は欧州広布に思いをめぐらしながら、フランクフルトの空港に降

り立った。彼の西ドイツ(当時)訪問は、十六年ぶりであった。  

翌十七日、宿舎のホテルに、ボン大学名誉教授のゲルハルト・オルショビー博士、ヨーゼ

フ・デルボラフ博士夫妻、また、ベルリン自由大学教授のナジール・A・カーン博士の訪

問を受けた。オルショビーは環境保全問題の研究で知られ、デルボラフは教育学、ギリシ

ャ哲学の第一人者である。カーンはインド出身で宗教への造詣も深く、耳鼻咽喉科の権威

である。皆、伸一とは旧知の間柄であり、再会を喜び合った。  

人間を脅かす諸問題は、今や複雑に絡み合い、種々の領域に及んでいる。ゆえに伸一は世

界の知性との交流を深め、人類の平和と繁栄のために英知のネットワークを広げ、時代建

設の新潮流を創ろうとしていたのである。

 

 小説『新・人間革命』語句の解説

 ◎万人祭司主義/聖職者を介さなくとも、すべての信徒は直接、

  神の前に立ち、平等に、誰もが祭司であるとする考え方。

 

暁鐘 二 

山本伸一は、フランクフルトでの識者との語らいのなかで、デルボラフ博士とは対談集を

発刊していくことで合意した。  

以後、二人は六年がかりで対話を進め、対談集の原稿がまとまった時、博士は、その原稿

を、「嬉しくて、いとおしくてたまらない」と言って、枕元に置いていたという。  

一九八九年(平成元年)四月、対談集『二十一世紀への人間と哲学――新しい人間像を求

めて』が発刊された。しかし、博士は、その出版を待たず、八七年(昭和六十二年)七月

に死去する。享年七十五歳であった。  

伸一は、その後も各界の識者と対話を重ね、対談集の出版に力を注いでいった。実は、そ

こには秘められた決意があった。 ――あらゆる学問も、政治も、経済も、教育も、芸術

も、その志向するところは、人間の幸福であり、社会の平和と繁栄である。  

日蓮大聖人は、天台大師の「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」(御書一二九五

ページ)の文を引かれ、世を治め、人間の生活を支える営みは、仏法と違背せず、すべて

合致していくことを訴えられている。  

その厳たる事実を、識者との語らいを通して、明らかにしておきたかったのである。  

さらに、環境問題や教育、核、戦争、差別、貧困等々、人類のかかえる諸問題の根本的な

解決のためには、人間自身の変革が求められる。そこに、最高峰の生命哲理たる日蓮仏法

を弘め、時代精神としていく必然性があることを示しておきたかった。また、意見交換を

通して、その識見と知恵から学びつつ、問題解決に向けての視座と実践の方途を、探求し

ていきたかったのである。  

“ 対談を通して、諸問題解決の具体的な道筋を示せることは、極めて限られているかもし

れない。しかし、自分が端緒を開くことによって、多くの青年たちが後に続いて、人類の

未来に光を投じてくれるであろう”というのが、彼の願望であり、期待であった。  

思想と哲学とを残すことは、未来を照らす灯台の明かりをともすことだ。

 

暁鐘 三

木々の緑を縫い、さわやかな薫風が吹き抜けていく。五月十七日午後、山本伸一が出席し

フランクフルト市内のホテルの庭で、ドイツ広布二十周年を記念する交歓会が行われた。

これには、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、オーストリア、イタリア

そして日本から訪独中の親善交流団も含め、八カ国約八百人が集って、世界広布への誓い

を固め合った。

庭には、ステージが特設され、日本から世界広布の大志をいだいて渡独し、炭鉱で働きな

がらドイツ広布の道を切り開いてきた青年たちの苦闘などが、ミュージカル風に紹介され

た。彼らのなかには、初めて炭鉱での労働を経験した人が多くいた。肉体を酷使し、疲れ

果て、食事の黒パンも喉を通らぬなかで、自らを叱咤して学会活動に励んだ。

彼らの胸に、こだましていたものは、伸一が一九六三年(昭和三十八年)の『大白蓮華』

八月号の巻頭言に綴った、「青年よ世界の指導者たれ」との万感の呼びかけであった。

この青年たちをはじめ、草創期を築いた勇者たちの行動と努力が実り、ドイツにも数多の

地涌の菩薩が誕生したのだ。「新しき世紀を創るものは、青年の熱と力である」(注1)

とは、戸田城聖の大確信であった。

ステージでは、後継の少年少女が登場し、希望の五月を迎えた喜びの歌を合唱。大喝采を

浴びた。登壇したドイツ理事長のディーター・カーンは、感極まった顔で語った。

「十六年間の夢が、遂に、遂に、実現しました。山本先生が、こうして、わがドイツにい

らしてくださったのです!」

 彼らは、日本で宗門僧らの学会への不当な仕打ちが続いてきたことを伝え聞いていた。

「それならドイツの私たちが広宣流布を加速させ、世界広布の新天地を開こうじゃないか

!」と、果敢に活動を展開してきたのだ。

ドイツの大詩人ゲーテは、「合い言葉は戦い 次の言葉は勝利!」(注2)と詠っている。

それは、まさに皆の心意気であった。

 

      小説『新・人間革命』の引用文献

        注1 「青年訓」(『戸田城聖全集1』所収)聖教新聞社

        注2 ヨハーン・ヴォルフガング・ゲーテ著『ファウスト第二部』

                              池内紀訳、集英社

 

暁鐘 四

交歓会には、来賓としてカーン博士らも出席しており、あいさつに立った。

博士らは、いずれも、山本伸一が進める仏法を基調とした平和運動への期待を述べた。

最後に伸一がマイクを取った。 「私たちには、この地球上で幸せになる権利がある。

平和に生きていく権利がある。また、自由に生きていく権利がある。では、それを実現し

ていく源泉とは何か。日蓮大聖人の仏法であると訴えたい。

なぜか――人間こそが一切の原点であり、最も大切なものは生命です。その生命をことご

とく解明し、万人が等しく、尊極無上なる『仏』の生命を具えていることを説き、各人の

崩れざる幸福と平和を確立する方途を示しているのが、大聖人の仏法であるからです。

また、それを実践しているのが創価学会です。

太陽が地球を遍く照らして、その光が恵みを与えるように、日蓮大聖人の仏法は、人びと

に真実の幸福をもたらす教えであり、いわば太陽の仏法であります。

仏法のその厳たる力を、全世界の同志の体験が証明しています。皆さんは、大仏法の光を

浴びて、わが生命を蘇生させ、崩れざる幸せを築いてください。

一人の人間を幸せにし、満足させ得ないような宗教が、どうして世界の平和を実現し得よ

う。 どうして世界の人びとを救えようか。

どうか、皆さんは、この太陽の仏法を確実に実践し抜き、一人ひとりが幸せを厳然と享受

していただきたいのであります。

今日の仏法兄弟の集いは、まだ小さな存在かもしれない。しかし、三十年、五十年、百年

後には、この集いが幸福と平和の広宣流布の大潮流をもたらし、今日という日が、記念の

日と輝いていくことを確信してください」

伸一は、信心の目的は一人ひとりの幸福にあり、そこにこそ、平和運動の目的もあること

を、 確認しておきたかったのである。

戦争がなければ平和なのではない。人間が生の喜びを嚙み締め、歓喜に包まれ、幸せを満

喫して生きてこそ、平和なのだ。

 

暁鐘 五

十八日の午後、山本伸一は、フランクフルト会館を訪れ、ドイツ広布二十周年の記念勤行

会に臨んだ。会館では記念植樹や記念撮影も行われ、ドイツ広布の道を切り開いてきた同

志の、さわやかな喜びの笑みが広がった。

勤行会に引き続いて、伸一を囲んで、信心懇談会が行われた。

彼は、東西に分断されたドイツの現状を憂えながら、語っていった。

「ご存じのように、資本主義も行き詰まっている。社会主義も行き詰まっております。

しかし、私どもは、それぞれの体制をうんぬんしようというのではない。どんな体制の社

会であろうが、そこに厳として存在する一人ひとりの人間に光を当てることから、私たち

仏法者の運動は始まります。

際限のない人間の欲望を制御し、一人ひとりが自他共の幸福をめざして、身近な生活のう

えに、社会のうえに、いかに偉大な価値を創造していくか――そこに、社会の行き詰まり

を打開していく道があります。どんな理想を掲げた体制も、人間自身の生命の変革、すな

わち人間革命なくしては、その理想は画竜点睛を欠き、絵に描いた餅にすぎない

日蓮大聖人の仏法は、宇宙根源の法とは何かを教えており、その法への信仰は、人間に内

在する無限の創造力の根源である『仏』の生命を引き出していくためであります。

混迷する社会にあって、わが生命に仏界を涌現させ、清新な生命力をみなぎらせ、明確な

る人生道と幸福道と平和道を闊歩していく力となり、道標となるのが信心なんです。

しかも、『天国』といった現実を離れたところに幸福を求めるのではなく、自分が今いる

場所で、日々の現実生活のなかで、崩れざる幸福を確立していけると説いているのが、仏

法の教えです」

カオス(混沌)の様相を呈している時代だからこそ、仏法という確かな生命の哲学を求め

ることが、各人の人生にとっても、世界にとっても、大きな希望の光となることを、伸一

は訴えたかったのである。

 

 

 

 

 


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