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雄飛 四十一

「忘れ得ぬ同志」は、七月二十九日から連載を開始した。 

そして、小説『人間革命』第十一巻が、八月十日から週三回の連載でスタートしたのであ

る。第一章のタイトルは「転機」とした。  ――

一九五六年(昭和三十一年)九月、戸田城聖が一切の事業から身を引き、残された人生の

時間を広宣流布に捧げる決意をするとともに、山本伸一に「山口開拓指導」の指揮を託す

ところから始まっている。 

口述の場所は、神奈川研修道場や静岡研修道場など、山本伸一の行く先々で行われた。

その前後には、たいてい全国各地の代表や各部の代表、あるいは地元メンバーとの懇談な

どが何組も入っていた。また伸一は、わずかな時間を見つけては家庭訪問に回った。 

彼は、『人間革命』の担当記者に言った。 

「私は、戸田先生の弟子だ。だから、どんな状況に追い込まれようが、どんな立場になろ

うが、広宣流布の戦いをやめるわけにはいかないんだ。命ある限り戦い続けるよ。しっか

り、見ておくんだよ」 しかし、激闘による疲れもたまっていた。 咳が続き、発熱する

日もあった。

ある日、口述の準備をして、担当記者を待つ間、濡れたタオルで額を冷やしながら、畳の

上に横になった。ほどなく、「失礼します!」という声がし、記者が部屋に入って来た。 

伸一は、薄く目を開けると、仰向けになったまま言った。「悪いけど、少し寝かせてくれ

ないか」 記者は、心配そうな顔で横に座った。 

伸一は、時々、咳き込む。目も充血している。“ こんな状態で、果たして口述をしていた

だけるのか……”と記者は思った。  

カチッ、カチッ、カチッと、時計が時を刻んでいく。十分ほどしたころ、伸一は、勢いよ

く、バンと畳を叩き、体を起こした。 

「さあ、始めよう! 歴史を残そう。みんな、連載を楽しみにしているよ。喜んでくれる

顔が、目に浮かぶじゃないか。“同志のために”と思うと、力が出るんだよ」

 

雄飛 四十二

山本伸一の周囲には、小説の舞台となる時代の「聖教新聞」の縮刷版、メモ書きした用紙

参考書籍などが置かれていた。伸一は、メモ用紙を手にすると、記者に言った。  

「では、始めるよ! 準備はいいかい」口述が始まった。一声ごとに力がこもっていく。

記者は、必死になって鉛筆を走らせる。しかし、伸一が文章を紡ぎ出す方が速く、筆記が

追いついていかない。そこで記者の手の動きを見ながら口述していった。

十五分ほど作業を進めると、伸一は、咳き込み始めた。咳は治まっても、息はゼイゼイし

ている。

「少し休ませてもらうよ」 彼は、また、畳の上に横になった。十分ほどして、記者の清

書が終わるころ、呼吸は少し楽になった。また、力を込めて、畳をバンと叩いて身を起こ

した。「さあ、やろう! みんなが待っているんだもの。学会員は、悔しさを堪えながら

頑張ってくれている。そう思うだけで、私は胸が熱くなるんだよ。だから、同志には、少

しでも元気になってほしいんだ。勇気を奮い起こしてもらいたいんだよ」

再び口述が始まった。しかし、やはり十分か十五分ほどすると、体を休めなければならな

かった。

こうして原稿を作り、それを何度も推敲する。さらにゲラにも直しを入れて、新聞掲載と

なるのである。連載は、ひとたび開始されれば、途中で休むわけにはいかない。そこに新

聞連載小説の過酷さもある。伸一にとっては、まさに真剣勝負であり、生命を削る思いで

の口述であった。

「ことばは鍛えぬかれて、風を切る矢ともなれば炎の剣にもなる」(注)とは、デンマー

クの作家アンデルセンの箴言である。 伸一も、そうあらねばならないと自らに言い聞か

せ、わが同志の魂に響けと、一語一語、考え抜きながら原稿を仕上げていったのである。

連載に対する反響は大きかった。全会員の心に、蘇生の光を注いだのである。

 

  小説『新・人間革命』の引用文献

    注 「北帰行」(『アンデルセン小説・紀行文学全集6』所収)

         鈴木徹郎訳、東京書籍

 

雄飛 四十三

宗門は、混乱の度を深めていった。  

宗門側は、山本伸一の法華講総講頭の辞任、学会の会長辞任をもって、学会攻撃はしない

と言明していた。しかし、「正信会」の学会員への仕打ちは、ひどさを増しており、学会

宗門に約束を守るように要請してきた。 宗門としても、前法主・日達の意向通りに、

なんとか僧俗和合させようとしてきたが、彼らは、それを無視して、八月二十四日には日

本武道館で全国檀徒大会を開催した。  

大会では、伸一の「法華講名誉総講頭の辞任」等を叫び、さらに、「学会は宗教法人とし

て独立法人の形態を改めて、宗門の傘下に包括されるべきである」などと気勢をあげたの

である。 

ここには山脇友政の姿は見られなかったが、原山高夫が参加して学会を批判し、日顕に対

しても、「糾弾していかなくてはならない」などと話している。 

山脇の謀略に踊った「正信会」の僧たちの暴走は止まらなくなっていた。日顕との対決姿

を明らかにし、質問状や、法主は「権限を濫用」しているなどとする「建言」を送付し

た。 宗門を根本から揺るがしかねない事態であった。九月二十四日、宗門は責任役員会

を開き、「正信会」の僧が「宗内の秩序を乱した」として、教師資格をもつ僧の約三分の

一にあたる二百一人の懲戒処分を決定した。  

処分の対象となった僧たちは、抗議集会を開き、「人権無視の暴挙」などと騒ぎ立てた。  

宗門は、彼らを、順次、擯斥処分にしていった。この流れを見て、慌てて態度を変え、

法主・宗務院に従う僧たちもいた。  

擯斥され、寺を明け渡すことになった住職らは、法廷で宗門と争っていくことになる。     

九月三十日午後十時、山本伸一は、成田の新東京国際空港(後の成田国際空港)を発っ

一路、ホノルルをめざした。アメリカ広布二十周年を記念する諸行事に出席し、世界広宣

流布の新しい幕を開くためである。  

世界広布の前進には、一刻の猶予もない。

 

 

雄飛 四十四

山本伸一は、最初の訪問地であるハワイのホノルルで、ハワイ会館の諸行事に臨み、日本

からのハワイ親善交流使節団や南米親善交流使節団のメンバーを激励した。  

十月二日には、ハワイ会館で行われた「世界平和の日」記念勤行会に出席した。 

「世界平和の日」は、二十年前の一九六〇年(昭和三十五年)のこの日、伸一が、初の海

外訪問に旅立ったことから、学会として設定した記念日である。 

その平和旅の第一歩を印したのが、ハワイであった。それは、ここが、太平洋戦争の開戦

の地であったからである。戦争の惨禍の歴史を刻んだ地から、世界平和の大潮流を起こし

ていこうと、深く心に決めていたのだ。  

初訪問の折、ハワイでの座談会に集ったのは、三、四十人にすぎなかった。参加者の多く

は人生の悲哀に打ちのめされていた。米軍の兵士と結婚してハワイに渡ったものの、経済

苦や夫の暴力に怯え、「日本へ帰りたい」と身の不運を嘆く婦人もいた。  

伸一は、真剣に信心に励むならば、幸福になれないわけがないと断言し、一人ひとりが宿

命を転換して、自他共の幸福を築いていくために、地涌の使命を担い、ここに集っている

ことを、力の限り訴えた。  

眼前の苦悩する一人を励まし、勇気づけ、蘇生させることこそが、生命尊厳の社会を実現

する確かな第一歩であり、平和建設の原点となる。  

彼は、参加者の心に確信の太陽が燃え輝くのを感じた。メンバーは、希望の青空を仰ぎ、

広宣流布の使命に目覚め立っていった。  

この初の海外訪問では、北・南米を回り、アメリカ総支部、ブラジル、ロサンゼルスの二

支部、ハワイなど十七地区が誕生したのだ。  

以来二十年、地涌の菩薩の陣列は、世界約九十カ国・地域へと広がった。伸一は、「世界

平和の日」記念勤行会で、さらに、二十年後の西暦二〇〇〇年をめざして、民衆の堅固な

平和のスクラムをもって、人類を、世界を結ぼうと誓願し、深い祈りを捧げた。

 

 

雄飛 四十五

山本伸一は、今回のハワイ訪問では、ジョージ・アリヨシ州知事と会談したほか、ハワイ

総会に出席するなど、精力的に平和交流とメンバーの激励に奔走した。

そして、サンフランシスコ、ワシントンDCと回り、十月十日にはシカゴに到着した。

伸一は、“行く先々で、一人でも多くのメンバーにお目にかかり、全力で励まそう”と固く

決意していた。

各地のアメリカ広布二十周年の記念総会に臨み、会館を訪れ、協議会等にも出席した。

少しでも時間があれば家庭訪問もした。

サンフランシスコでは総会に集った三千五百人の友と交歓。第一回のアメリカ訪問の折に

足を運んだ、コロンブス像が立つテレグラフ・ヒルにも行き、メンバーの代表と記念撮影

し、アメリカ広布への新出発を誓い合った。

また、ワシントンDCでの記念総会では、参加した四千人のメンバーを激励。翌日の最高

協議会では、法華経に登場する「大王膳」について語り、指導した。

「『大王膳』とは、法華経の偉大さを山海の珍味に満たされた“王様の食膳”に譬えたもの

です。不幸に泣いていた私どもが、御本尊に巡り合い、信心に励み、無量の功徳を得た所

願満足の大境涯といえます。

一方、どんなにご馳走があったとしても、反目し合いながらの食膳は『修羅膳』、あさま

しい、むさぼりの心の食膳は『餓鬼膳』であり、人を陥れようと陰謀を企てながらの食膳

は、結局は『地獄膳』となってしまう。

清らかな心で、世界広布、皆の幸福を願う私どもの食膳――広くとらえれば、日々の活動

や会議も、最も豊かで貴い『大王膳』に通じることを確信してください。

また、法華経には『人華』という言葉がある。妙法の光に照らされ、広宣流布に邁進して

いく人の美しさを、このように讃えているともいえます。その華は、歓喜に輝き、功徳が

薫り、人びとに幸の芳香を放ち、人生の充実という満開の時を迎える。“私は人華である”

との誇りをもって進んでいただきたい」

 

 

 

 

 


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