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雄飛 二十六  

関西文化会館では、会長の十条潔が出席して、既に記念勤行会が始まっていた。山本伸一

は、会場である同会館の三階に向かい、勤行会の最後に入場した。皆、今か今かと、伸一

の登場を待っていただけに、喜びは一気に爆発した。彼はマイクに向かった。 

「輝くばかりの五月晴れのこの日、『創価学会の日』並びに関西文化会館の落成を記念す

る勤行会の開催、まことにおめでとうございます。心から祝福申し上げます。 

妙法は、永遠不滅の法である。この妙法を信受したわれわれの生命もまた、妙法と共に永

遠であります。その永遠の生命から見るならば、今世は、広宣流布の使命旅の一里塚とい

えるかもしれない。  

広布の道は、魔との戦いです。御書にも、“八風”に侵されることなく、信心の大道を歩み

抜くことの大切さを説かれている。 

この “八風” とは、目先の利益や名誉、称賛、譏り、苦しみ、享楽等々、人心を扇動し、

信心を失わせてしまう働きをいいます。  

自分の心を制する人間革命があってこそ、自身の幸福の確立も、広宣流布の前進もあり

ます。

私どもは、潔い信心で、この “ 八風 ” に打ち勝ち、 再び二十一世紀への希望の出発を

開始していこうではありませんか! 

大関西は、日本、全世界の模範となり、永遠に広宣流布の先駆となってください。 

私も関西の皆さんと共に、新しい常勝の歴史を、新しい人生の歴史を、生涯、綴って

いく決意であります。

最後に『関西万歳!』と申し上げて、皆さんの真心に甚深の敬意を表して、あいさつ

とさせていただきます」 

次いで「常勝の空」の大合唱が始まった。     〽

今再びの 陣列に……     

常勝の空高く、凱歌は轟いた。

それは、衣の権威に抗して、仏法の人間主義の旗を高く掲げ立った、創価の師弟の決起で

あり、目覚めたる民衆の宗教改革の烽火であった。

 

雄飛 二十七  

山本伸一は、記念勤行会のあと、関西文化会館内の別会場へ足を運び、集っている同志を

励ました。

さらに、夕方五時からの記念勤行会にも出席した。  彼は、ピアノも弾いて激励した。

随所で、参加者と記念撮影し、固い握手を交わし続けた。いつの間にか彼の手は、赤く腫

れ上がっていた。それでも、同志の輪のなかへと、勇んで突き進んでいったのである。  

また、聖教新聞関西支社にも立ち寄り、記者たちを全力で激励し、関西牧口記念館へ向か

った。この夜、牧口記念館で伸一は、胸中に新しき旅立ちの銅鑼を響かせながら筆を手に

し、魂を注ぎ込む思いで大書した。  

――「五月三日」  脇書には、彼にとって節目の五月三日を列記した。

「昭和二十六年五月三日」「昭和三十五年五月三日」「昭和五十四年五月三日」「昭和五

十八年五月三日」「西暦二〇〇一年五月三日」……。  

昭和二十六年(一九五一年)は、戸田城聖が第二代会長として立った日であり、同三十五

年(六〇年)は、伸一が第三代会長に就任した日である。同五十四年(七九年)は、彼が

会長を辞任した直後の本部総会の日である。

戸田の会長就任から三十二年後に当たる昭和五十八年(八三年)、二〇〇一年(平成十三

年)の「五月三日」には、“この時を目標に、必ず新たな創価学会の大発展の流れを!”と

いう、金剛の誓いが込められていた。  

さらに、「此の日は わが学会の原点也」「昭和五十五年五月三日 記す」「心爽やかな

り 合掌」と書きとどめた。 

会長辞任から一年。学会を破壊し、学会員を隷属させようとする宗門僧と結託した邪知の

反逆者の謀略は、日を追うごとに明らかになりつつあった。第六天の魔王は、仏道修行を

妨げ、広宣流布を阻もうとするとの、御書に仰せの通りの姿であった。  

伸一は、常勝関西の地で、新しき勝利の闘争へ、決然と立ったのである。

 

雄飛 二十八  

五月四日の午前中、山本伸一は、大阪府豊中市の関西戸田記念講堂で行われた鳥取県の勤

行会に出席した。わざわざ鳥取から集って来た同志である。彼は力の限り励まし、勇気づ

けたいと会場に駆けつけた。  

鳥取の友の会合に出席するのは、一九七八年(昭和五十三年)七月に米子を訪問して以来

約二年ぶりであった。

どの顔も求道と歓喜の輝きに満ちていた。 鳥取支部の誕生は、伸一が会長に就任した六

〇年(同三十五年)五月三日であり、この勤行会は、いわば、支部結成二十周年を記念す

る集いでもある。彼は共戦の同志に、万感の思いを込めて呼びかけた。 

「遠いところ、お疲れさまです。明るい、元気な皆さんの姿を拝見し、希望の未来を見る

ようです。諸天も皆さんを寿ぐかのように今日も五月晴れになりました。この関西の常勝

の空を、十分に味わってください。 皆さんは、尊い地涌の菩薩です。さまざまな宿命と

日々格闘しながら、それを乗り越えて、仏法の大功徳を証明し、広宣流布の使命を果たし

ゆく方々です。すべての苦悩は、大幸福境涯にいたるステップです。何があっても、信心

根本に悠然と進み、意義深き黄金の思い出をつくってください。 人の一生には、さまざ

まな出来事がある。しかし、長い目で見た時、真面目に信心に励んだ人は、必ず勝利し、

輝いています。

背伸びする必要はありません。ありのままの自分でいい。学会と共に進んでいくことです。

仏にも悩みはある。悩みは常につきまとうものです。しかし、煩悩即菩提・生死即涅槃で

す。苦悩を歓喜へ、幸福へと転じていけるのが南無妙法蓮華経です。濁世の、せちがらい

苦労だらけの世の中で、自他共の幸せを築いていくために出現したのが、地涌の菩薩であ

る皆さんです。幸福を勝ち取るために、自分に勝ってください。私も、お題目を送ります」 

その指導は、同志の心に、深く染み渡っていった。地涌の使命に目覚め立つ時、勇気が湧

く。大生命力がみなぎる。 

 

小説『新・人間革命』語句の解説  

◎煩悩即菩提など/煩悩即菩提の煩悩とは、衆生の心身を煩わ

 し悩ませる因となる、さまざまな精神作用のこと。

 法華経以前の教えでは、煩悩は苦悩をもたらす因で

 あり、それを断じ尽くして菩提(悟り)に至ると説

 いたが、法華経では、煩悩を離れて菩提はなく、煩

 悩をそのまま悟りへと転じていけることを明かした。

 生死即涅槃の生死は、迷いの境涯であり、涅槃は悟

 りの境地のこと。煩悩即菩提と同義。

 

雄飛 二十九  

四日は、関西文化会館の落成を祝う大阪支部長会が、四回に分けて開催されることになっ

ていた。山本伸一は、“大事な支部長・婦人部長の皆さんと、共に新しいスタートを切り

たい”と、すべての支部長会に出席し、全魂を注いで指導した。 「健康第一で、はつら

つと地域広布の指揮を執ってください。皆さんが元気であれば、全支部員もまた、元気に

なっていきます。常に満々たる生命力をたたえたリーダーであっていただきたい」 

「どんなに財や地位、名誉を手にしたとしても、むなしさに苛まれた人生であれば、幸せ

とはいえない。真剣に信心に励み、会合などに参加した時は、身も心も軽くなり、生命の

充実を感じることができる。この充実のなかにこそ、最高の満足があり、幸福がある」 

「学会活動をしていくなかで、 “なんで自分が、こんなことを言われなくてはならないの

だ”と思うこともあるでしょう。しかし、経文、御書に照らして見るならば、仏の使いと

して、この末法に出現して法を説いているのだから、苦難があって当然です。また、広宣

流布のために苦労を重ねることによって、今世で宿業を転換し、永遠の幸福境涯を開いて

いくことができる。そう思うならば、苦労は即歓喜となるではありませんか!」 

「一生成仏の信心の火を消してはならない。生涯、広宣流布の陣列から離れずについてい

く、持続の信心のなかに、人生の大勝利があることを知ってください」一回一回、全力投

球の指導であった。その間に、関西の十三大学会の新しい期のメンバーと記念撮影もした。

支部長会の参加者のために、ピアノも演奏した。多くの同志と握手も交わした。四回目の

支部長会が終了したのは、午後八時過ぎであった。  

さらに、奈良から大挙して同志が到着した。そのメンバーのために、急遽、勤行会が開か

れたのである。  

同志のために労を惜しまない――伸一の心であり、指導者の永遠不変の精神である。

 

雄飛 三十  

五月五日は、「創価学会後継者の日」である。関西文化会館では、午前十一時から、高等

部、中等部、少年・少女部の代表が集い、第五回「後継者の日」記念勤行会が行われた。 

一年前、山本伸一は神奈川文化会館でこの日を迎えた。未来部員の集いに出席して、メン

バーを力の限り励ましたかったが、当時の状況が、それを許さなかった。

しかし、彼は今、時が来ていることを強く感じていた。 

伸一は、未来部員に、ぜひとも会っておきたかった。

二十一世紀を託すために、全生命を注いで鳳雛たちを育てたかったのである。  

会場に姿を現した伸一に、少年・少女部の代表から、紙のカブトが贈られた。  

勤行会で、彼は訴えた。 「皆さんは、これから大地に根を張り、大樹へと育ちゆく若木

である。若木には添え木も必要であるし、水もやらねばならない。育てるには、多くの労

を必要とする。 

そのように、お父さん、お母さんも、皆さんを育てるために、厳しい現実社会で、人知れ

ず苦労に苦労を重ねていることを知ってください。そして、感謝の心をもつことが、人間

として最も大切な要件です。

親と意見が食い違い、腹の立つ時もあるでしょう。でも、すべてを自身の成長への励まし

であるととらえていくことです。わがままや甘えは、自分をだめにします。しかし、我慢

は自分を磨いていく。その経験が、将来の大事な精神の財産となっていきます。 

未来部の年代というものは、基本をしっかり身につけて、基礎を強固にする時代です。

基礎を築くためには忍耐が必要です。辛抱強く勉強に励むとともに、信仰の世界で、自分

をつくっていくことを忘れず、広布の大樹へと育ってください」 

哲学者・西田幾多郎は訴えている。 「何事も辛抱と忍耐とか第一です 一度や二度でう

まく行かなくとも決して挫折してはならない 百折不倒根氣よく幾度でも又工夫をめぐら

すにあり 古人も英才は忍耐にありといふ」

 

   (注)  小説『新・人間革命』の引用文献  

      注 「書簡集 昭和10年」(『西田幾多郎全集第18巻』所収)岩波書店

 

 

 

 


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