• ただいま、Word Press 猛烈習熟訓練中!!
Pocket

雄飛 十六  

新しき世紀へ、新しき戦いは開始された。 四月二十九日の午後一時四十分(現地時間)

山本伸一たち一行は、上海虹橋空港を発ち、帰国の途に就いた。伸一が向かった先は、

九州の長崎であった。 彼は、新たな広宣流布の道を開くために、今こそ、創価の師弟

を引き離そうとする退転・反逆者や宗門僧による謀略の鉄鎖を断ち切って、新生の闘争

を開始しようと、固く決意していた。

そして、中国訪問の帰途、長崎、福岡、大阪、名古屋などで、記念勤行会や各種の会合

に出席し、全力で同志を励まそうと決めたのである。  

それによって、広布破壊の魔の勢力が、騒ぎだすであろうことは、よくわかっていた。

しかし、“ 何があろうと、横暴な衣の権威の迫害に苦しんできた会員を守らなければな

らない ”と、心を定めていたのだ。 

この日、長崎空港上空には、美しい虹がかかった。伸一たちが空港に到着したのは、二十

九日の午後四時半過ぎであった。 

彼はタラップに立った。空港の送迎デッキでは、「祝 大成功 創価学会第5次訪中団」

の横幕を広げ、大勢の学会員が手を振って出迎えてくれた。伸一も皆に向かって手を振り

返した。この時から、彼の激励行は始まったのである。皆の顔には、喜びがあふれていた。 

長崎県長の梅森嗣也は、満面に笑みを浮かべていたが、伸一と握手を交わすと、感極まり

目を潤ませた。長崎空港のある大村もまた、宗門僧らによって苛め抜かれてきた地域であ

り、彼らは悔し涙を堪えながら、この日が来るのを、待ち続けてきたのだ。 

「師子が来たんだ! もう大丈夫だ。何も心配ないよ」  

女子部の代表が、「先生、お帰りなさい!」と言って、伸一に花束を手渡した。 

「ありがとう! さあ、新出発だよ。 広宣流布の長征の開始だ。未来の扉を開こう!」  

前進ある限り、希望の明日は来る。 闘魂燃える限り、未来は太陽の輝きに満ちている。

 

雄飛 十七  

山本伸一は、長崎空港から長崎文化会館へ向かった。彼の長崎訪問は、十二年ぶりであっ

た。 伸一は、県長の梅森嗣也から、文化会館で長崎支部結成二十二周年記念幹部会が行

われていることを聞くと、直ちに会場に顔を出した。大拍手がわき起こった。 

「お久しぶりです。嵐を乗り越えた長崎の勝利を祝って、全員で万歳をしましょう!」 

梅森が音頭を取り、「長崎創価学会、万歳!」の声が場内に轟いた。  

伸一は、これから市内のホテルで訪中についての記者会見があるため、すぐに出発しなけ

ればならないことを告げ、言葉をついだ。 「人生を勝ち越え、幸福になっていくには、

どうすればよいか――。 仏の生命も、地獄の生命も、わが心のなかにあります。その仏

の生命を涌現させることによって、崩れざる幸せを築いていくことができる。

それには、自身の一念を広宣流布に定め、自他共の幸福の実現を誓って唱題し、信心し抜

いていくことです。 

日蓮大聖人は、『我もいたし人をも教化候へ』『力あらば一文一句なりともかた(談)ら

せ給うべし』(御書1361頁)と仰せです。

広宣流布に走り、折伏・弘教に生きるならば、わが身に仏の大生命が涌現し、あらゆる人

生の苦をば、大歓喜に変えていくことができる。ゆえに大聖人は、流罪の地である佐渡に

あっても、『我等は流人なれども身心共にうれしく候なり』(同1343頁)と述べられて

いるんです。 

学会員が何百万世帯になった、一千万人になったといったって、今現在、地球上には四十

数億の人がいます。まだ数百人に一人、学会員が誕生したにすぎない。そう考えるならば

世界広布は、まだまだ緒についたばかりじゃないですか。いよいよこれからです。二十一

世紀が本当の戦いです。皆さんは、うんと長生きしてください。

そして、共に広宣流布に生き抜きましょう!」  歓喜と誓いの大拍手が響いた。

 

雄飛 十八  

山本伸一は、長崎文化会館から、報道各社合同の記者会見会場である長崎市内のホテルへ

と急いだ。 記者会見では、第五次訪中で見聞した中国の様子や感想などについての質問

を受けた。 

そのあと、訪中団メンバーと解団式を兼ねて会食懇談を行い、皆をねぎらった。 

彼は、訪中を振り返りながら語った。 「私は、今回の中国訪問によって、新時代の世界

平和への幕が開かれたと思っています。そして、二十一世紀を迎えるこれからの二十年間

は、民間交流、教育・文化交流を推進し、世界を結ぶ平和の潮流をつくるうえで、極めて

重要な時期であると感じています。

この間に、中国は大発展を遂げていくだろうし、また、世界は、激動、激変していくでし

う。それだけに、仏法の平和思想、人間主義の哲学を、広く世界に発信していかなくて

はならない。したがって、仏法を深く掘り下げ、生命尊厳の法理を、社会に、世界にと展

開していく教学運動も大事になります。  

二十一世紀の平和を築くうえで、今こそ、すべての面で、一時の猶予も許されない段階に

入っているんです」 懇談が終わったあと、伸一に同行していた「聖教新聞」の記者が言

った。「帰国報道のほかに、先生が長崎文化会館で長崎支部結成二十二周年記念幹部会に

出席されたことも、記事にしたいと思います」「かまいません。事実を隠す必要はない。

創価の師弟が分断され、不二の心が失われていけば、広宣流布はできない。だから私は、

同志と共に戦いを開始します。私の今後の予定も発表しよう。さあ、反転攻勢だ! 戦闘

開始だよ!」翌四月三十日付の「聖教新聞」一面には、伸一の帰国や記者会見の模様、記

念幹部会への出席の報道とともに、「名誉会長は、長崎のあと福岡、関西、中部の会員の

激励・指導に当たる予定になっている」と記されていた。 

この一文は、読者の目をくぎ付けにした。日本列島に歓喜の激震が走った。

 

雄飛 十九  

三十日、山本伸一は午後一時過ぎに長崎を発って、列車で福岡に向かう予定であった。

彼は、その前に、どうしても訪問しておきたいところがあった。稲佐町にある、壮年部県

書記長の大林喜久丸の家である。 

一九七三年(昭和四十八年)の三月、北九州市で行われた初の九州青年部総会の折、当時

男子部の長崎総合本部長であった大林と、「長崎に行った時には、必ず君の自宅を訪問さ

せてもらうよ」と約束していたのである。 

その話を聞いた大林の母・倭代は、「それを実現できるようにするのが、弟子の信心です。

祈りましょう」と毅然と語った。 

以来、家族で真剣な唱題が始まった。彼女は、長崎広布の先駆者の一人であった。  

大林の家は、眼下に長崎港を一望する高台にあった。母親の倭代をはじめ、彼の兄、弟、

その夫人たちが伸一を迎えた。皆で記念のカメラに納まり、勤行した。 倭代は、「先生

がいつ来られてもいいように」と、手作りの座布団も用意していた。伸一は、その真心に

深く感謝しながら、懇談のひとときを過ごした。話題は、一年前の会長・法華講総講頭の

辞任に及んだ。――そのニュースをテレビで知った倭代は、体を震わせて激怒し、こう叫

んだという。「とんでもないことだ!何かの謀略です。こんなことを許してはならない」

道理に反すること、恩知らず、広宣流布を破壊する悪は絶対に許さぬというのが、母の信

念であった。威張りくさった僧の横暴にも “今に見よ!  正義は必ず勝つ!” との思いで、

この苦汁の一年を過ごしてきたのだ。 

いかなる外圧も、同志の心に滾々と湧く、創価の精神の泉を枯渇させることはできない。 

「ありがとう! その精神は、見事に、息子さんたちが受け継いでくれています。

お母さんは勝ったんです。私もこれからは自由に動きます。また長崎にも来ますよ」  

語らいを終えた時、地元の女子部の幹部が指導を受けたいと言って訪ねてきた。伸一は出

発時刻ぎりぎりまで、彼女を励ました。

 

雄飛 二十  

山本伸一が長崎駅に到着すると、彼を見送ろうと、たくさんの人たちが来ていた。 

伸一は、駅員や乗客の迷惑にならないように気遣いながら、励ましの言葉をかけた。 

「ありがとう。皆さんのご苦労を、私はよく知っております」「幸せになってください。

いや、絶対になれると、確信して進むことが大事です。広宣流布に生き抜いてきた地涌の

菩薩が、幸せになれないわけがありません」 「一緒に、もう一度、新しい創価学会をつ

くりましょう」 列車に乗ってからも、会釈し、手を振り、心と心の窓越しの対話が続い

た。 伸一の乗った特急列車は、長崎を発つと、諫早、肥前鹿島、肥前山口、佐賀、鳥栖

と止まった。

どの駅にも学会員が集まって来ていた。彼の福岡行きは、既に新聞発表されていたために

どの列車に乗るかは容易に察しがついたのである。

皆、伸一の姿を見つけると、満面の笑みで手を振った。しかし、ホームまで来ていながら

柱の陰などに身を潜め、遠くからジーッと彼を見詰める人もいた。伸一を「先生」と呼ぶ

ことさえ、宗門僧から批判されてきただけに、彼に迷惑をかけてはならないと考えていた

のである。伸一は、そんな同志が、いとおしくて仕方なかった。

ホームに降りていって力の限り励ましたい思いにかられた。 

伸一は、同行の幹部に言った。 「こうした無名の同志が、今日の学会を築いてこられた。

炎暑の夏も、吹雪の冬も、友の幸せを願い、祈り、対話に歩き、広宣流布を現実に進めて

くださった。その歩みこそ、社会の、一国の、全人類の宿命転換を成し遂げていく原動力

だ。まさに、一人ひとりが、立正安国の実現のために出現した尊き使命の仏子だ。私は、

この人たちのために戦う!

幹部は、この健気な学会員に最大の敬意を表し、最も大切にし、守り励ましていくんだ」  

組織も、また幹部も、すべては、会員、同志の幸福を実現するためにこそある。

 

 

 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください