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”3・16”広宣流布記念の日について

 

(2017年 3月天舞北地区座談会での発表)

 

3月16日の広宣流布記念の日は、師匠から後継の弟子へ広宣流布のバトンタッチが行われた、意義深い記念の

日なのです。1958年(昭和33年)の3月。この時には戸田第2代会長の願業であった、創価学会75万世帯

はすでに、前年達成されていました。  この3月は、1日から1ヵ月間にわたり、学会が寄進した大講堂落成を

記念する総勢20万人の総登山が開始されていました。

1日の落成法要に出席できなかった岸首相から、3月16日に総本山に参詣するとの連絡が入りました。

この機会をとらえて戸田会長は、「将来のために広宣流布の模擬試験、予行演習となる式典をしよう」「広布の

印綬を君たちに託す儀式にしよう」と、広宣流布のバトンを受け継ぐ式典を開き、現在の池田名誉会長を中心と

する当時の青年たちに、一切を託そうとしたのです。

この式典が正式に発表されたのは3月11日。青年部の多くは、すでに登山したか、3月後半には登山するこ

とになっていて、そこに青年部の登山が急遽行われることになりました。16日は日曜日とはいえ、時間を確保

することは容易ではありません。しかし、愚痴や文句を言うものは誰一人としていませんでした。

戸田会長は、折に触れて、「いざという時、広布の戦場に駆けつけられるかどうかだ」と語ってきたのです。

青年たちは、今、その時が来たと思ったのです。 そして発表からわずか5日後の3月16日の当日、戸田会長

のもとに日本中から、男女青年部の精鋭6000名が集いました。 東京の青年部員は15日深夜、列車3本、バス

50台に分乗して出発、また全国の代表も、続々と総本山に集まってきました。

メンバーの最初の到着は午前3時、3月とはいえ、凍えるような冷たさでした。袖口のすり切れた背広姿の青年、

よれよれの学生服を着た、まだあどけなさの残る少年、質素な黒いスーツに身をつつみ、頬を紅潮させた乙女、

誰もが貧しかったのです。しかし、戸田会長の門下としての誇りにあふれ、春風に胸を張り、瞳を輝かせていま

した。

 

6000名の青年部員たちを待っていたのは、心づくしの「豚汁」でした。「皆に何か温かいものを食べさせてや

りたい」との戸田先生の配慮によるものでした。この時、3頭の豚をつぶしましたが、戸田先生は「皮は残し

ておけ!」と命ぜられました。戸田先生のご逝去後、池田先生は、この豚の皮でペンケースを作り、青年部の

代表107人に贈られたそうです。

 

戸田先生の体調を心配された池田青年室長は、師匠が安心して動いていただけるよう、「車駕」を用意しました。

『三国志』で有名な諸葛孔明が、五丈原の戦いで四輪の車に乗って指揮を執った故事にならったものでした。

それを見た戸田先生は、当初「大きすぎて、実戦に向かぬ!」と叱咤しました。最後の最後まで、命を振り絞って

の愛弟子への訓練でした。

 

しかし、式典が始まると、愛弟子の真心に応え、車駕に乗り、悠然と会場に向かいました。車駕を降りられる際、

戸田先生は「足がきかないのが残念だ。しかし、頭があれば指揮は執れる」と言われました。

戸田先生の右腕を池田青年室長が、左腕を秋谷男子部長が抱き抱えていました。それほど戸田先生は衰弱しきって

いたのです。

 

午前9時半までには歓迎の態勢はことごとく整い、あとは首相一行の到着を待つばかりとなります。しかし首相の

来訪は周囲の妨害で中止となり、代理として首相の家族らの登山となってしまいました。戸田会長は言われました

首相は参列しなくとも、堂々たる式典を開催しようじゃないか。私は、本日の参加者をこの戸田の後継者と思い、

広宣流布の一切を託す式典にするつもりでいる」と。なお、この岸首相の家族ら一行の中に、のちの安倍晋太郎元

外務大臣(現安倍総理大臣の父)がいました。

12時40分、池田青年室長の司会で式典が開始され、戸田先生が大講堂2階バルコニーの演題から烈々たる気迫

を込めてスピーチされました。「われわれには、広宣流布を断じてなさねばならぬ使命がある。それを今日、私は

君たち青年に託しておきたい。未来は君たちに任せる。頼むぞ、広宣流布を!」さらに戸田先生は「創価学会は、

宗教界の王者であります。何も恐れるものなどない。諸君は、その後継者であるとの自覚を忘れることなく、広布

の誉れの法戦に、花の若武者として勇敢に戦い進んでもらいたい」と。

それは、広布の願業を達成した師匠の勝利宣言であり、同時に、師の構想を師弟不二で実現した弟子の勝利宣言で

した。  以来、創価の魂を継承した青年たちの活躍で、学会は思想界の王者、平和の王者として、世界へ大きく

飛翔しています。

名誉会長は綴りました。 「弘教75万世帯は、師弟の誓願であった。それを実現するのが弟子の使命であり、

勝利の結実をもって、初めて後継者たりうるのだ。もし師弟の誓願が達成できていなければ、『3・16』の

式典――あの後継の大儀式は完成されなかった」と。

あの日から59年、名誉会長は師弟の『魂のバトン』を握り、広布の大道を開き続けてきました。

その死身弘法の闘争によって、今やSGIは192ケ国・地域に広がっています。

池田先生はさらに語っています。「師匠に弟子が勝利を誓う。そして必ず勝つ。この『誓願』と『勝利』にこそ、

大仏法の血脈は流れ通うのだ」と。 師匠の万感の期待に、後継の青年が応えてゆく誓願の日 ―

それが3.16「広宣流布記念の日」の意義なのです。

 


コメント一覧

返信2018年3月18日 7:43 AM

渥美吉和24/

すいません今日の座談会で3・16の意義を一部 引用させていただきます。 支部のかたの利用とお考え頂けませんか。 西山崎支部(創価家族との)広いお心でよろしく御願いいたします。事後報告ですいません🙏 コメント頂いても許否ちゃうかも知れません! よろしく御願いいたします。🙇

    返信2018年3月18日 8:38 AM

    kenちゃん24/

    渥美吉和さま コメントありがとうございます。 広布のために」、どんどん活用してください。 また反響等がありましたら、教えてくださいね。

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