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ともに語り、社会に貢献しようという「心の結び合い」は、ある次元から見れば、何より

も尊く、何よりも強い。これが、長い人生を生きてきての私の結論です。

 

一人一人が「地域の灯台」と光っていくことが広宣流布の実像なのである

日蓮大聖人が佐渡に流罪された折、中興次郎入道という ”地域の名士” がいた。

この人は年配であり、心は賢明、身も壮健で、佐渡の人々から人格者として慕われ、尊敬

されていた。

佐渡には大聖人を憎む人が多かったが、この人が「日蓮という方は、何かいわれのある人

にちがいない」と毅然と語ったようである。

そこから周囲の人々の認識も大きく変わり、危害を加えられることはなかった。そのよう

に御書に述べられている。(御書1336頁)

ともあれ、「信心即行動」「仏法即社会」である。一人一人が「地域の灯台」となって光

っていくことが、広宣流布の実像なのである。

「朗らか長者」「信頼の長者」として、一人一人を味方にし、仲間を広げながら、わが人

生を誇り高く飾っていっていただきたい。

 

「地域」に友好を広げていくことが、どれほど尊いか

「仏法即社会」であり、「信心即生活」であり、そして、「広布即地域貢献」である。

ゆえに「地域」に根を張り、「地域」に友好を広げていくことが、どれほど大切か。

どれほど尊いか。

それは、組織上の役職がどうかではない。一人の人間として、地道で、誠実な、粘り強い

行動を積み重ねていく以外にない。そうした人知れぬ労苦も、日蓮大聖人は、すべてお見

通しなのである。

 

 

 

 

 


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